ホテルのボーイから電子キーまで:シンガポールで始まっている「米中情報戦争」

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 シンガポールの米朝首脳会談。陰の主役は中国だ。中国の習近平国家主席は、3月8日にドナルド・トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働委員長からの会談要請に2つ返事で同意して以後、北朝鮮との接触を急速に拡大してきた。

 米朝首脳会談開催でキーマンとなったマイク・ポンペオ米国務長官(前米中央情報局=CIA=長官)は過去2回訪朝したが、なぜかその2回とも、直前の3月25~28日と5月7~8日と、巧みに金委員長の訪中が急きょ組み込まれていた。ポンペオ訪朝は3月31日~4月1日と5月9日だった。また、北朝鮮高官らを中国ハイテク施設に招いたりもした。

 明らかに中国は、地政学的に米朝接近を警戒している。米企業の北朝鮮進出も気になる。本番の首脳会談には多くの米朝高官がシンガポールに集結する。この機会に、彼らの本音を探ろうとするのは当然だ。

記念バッジに盗聴マイク

 米朝の先遣隊は現地ですでに、さまざまな通信傍受の防止やスパイの現地入りを警戒する「防諜対策」を進めたに違いない。

 米情報当局が最も警戒するのは、そうした対策をかいくぐって目的を達成するハイテク装備を持つ中国だ。

「中国は特に攻撃的なスパイ工作でますます高度な技術を使用している」と米国家情報長官(DNI)傘下の国家防諜安全保障センター(NCSC)のスポークスマン、ディーン・ボイド氏は米『NBCテレビ』に語っている。

 スパイ対策で注目されるのは、会談場所のカペラホテルのウエイターだけでなく、米朝の高官らが出入りすると見られるレストランやバーなどの従業員が買収されて、盗聴工作の手伝いをする可能性だ。

 また、高官が宿泊するホテルに盗聴装置が仕掛けられる恐れもある。会談場だけでなく、宿泊する部屋も小会議に使われる可能性があるからだ。

 近年中国が行った新手の工作には、ホテルの電子キーに超小型マイクロフォンを組み込んだ例が発見されているという。中国での会議に出席した米政府高官が不具合のため使えなくなった電子キーを米国に持ち帰り、検査した結果、分かったという。

 また、「友好の印」と、相手国や関係国から渡されるバッジに、超小型盗聴装置を忍ばせることも可能だろう。

最大の悩みはトランプ大統領のスマホ

 会談場の中も油断できない。数カ月前米国防総省で中国の軍事代表団との会談が行われた際、中国のある将官が大きめの腕時計を米側の発言者に向け、録音したケースがあったと『NBCテレビ』は伝えている。小声でも集音マイクで拾えるのだろう

 この程度の技術なら、北朝鮮が取得している可能性がある。

 サイバー技術も同様だ。2009年にバラク・オバマ前米大統領が訪中した際、随行した米国家安全保障会議(NSC)スタッフが持つ「ブラックベリー」が中国からサイバー攻撃を受けていたことが分かり、廃棄処分になったという。

 問題は、トランプ大統領がホワイトハウス内でツイッターなどに使用しているスマートフォン。サイバー攻撃を防ぐ安全チェックが施されていないと報道され、一時「大変なリスク」と問題になった。

 厄介なのは、スマホは侵入されると、敵はそれ自体を盗聴装置としても、追跡装置としても使えることだ。オバマ前大統領は在任中、「ブラックベリー」の使用を禁止されて使わなかったが、トランプ氏は安全担当者の警告を聞かない、と言われる。

 中国はこれまでもシンガポールで数々の情報収集活動を展開してきたという。いわば「実績がある」だけに、要注意である。(春名幹男)

春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

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Foresight 2018年6月11日掲載

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