福島県で「梅毒患者」が急増中

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 福島県で梅毒が増えている。2016年の人口10万人あたりの梅毒患者数は3.63人。これは東京都、大阪府に次いで第3位だ。2014年まで全国で40位以下だったが、急増した。

 状況は現在進行形だ。今年5月1日、いわき市保健所は4月22日現在の梅毒患者数が20人であると発表した。ここ10年で最悪のペースだ。2014年、いわき市内の感染者はゼロだったが、2015年以降に急増した。

 なぜ、福島県で梅毒患者が急増したか、正確な理由はわからない。今後の研究が必要だ。

 私が注目しているのは、ソーシャルネットワークシステム(SNS)との関連だ。意外かもしれないが、福島県はSNSが盛んな地域だ。株式会社モニタスが全国の2830人を対象にインターネットで調査したところ、福島県のフェースブック利用率は47.5%で全国1位だった。全国平均の33.6%を大きく上回る。

 インスタグラムの利用率は39.0%で、富山県、愛知県についで全国3位だ。全国平均は27.0%で、福島県は最下位の石川県(18.0%)の2倍以上である。

 おそらく梅毒は氷山の一角だ。福島県では梅毒を含む、多くの性感染症が増加していると考えた方がいいだろう。実は性感染症の増加は、先進国に共通の現象であり、特に深刻なのは不妊をもたらすクラミジア感染症だ。SNSとの関連が議論されている。本稿では、この問題について解説したい。

 まずは性感染症の増加だ。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、2016年に全米で確認された性感染症患者は過去最多で、200万人を超えた。最も多かったのはクラミジア感染症で約160万人。次いで淋病の約47万人、梅毒の約2万7800人だった。

 2014年に発表された14-39歳の米国人8330人を対象とした調査ではクラミジア感染率は1.7%だった。日常的に性交渉を営む14-24歳の女性に限定すれば、罹患率は4.7%と高まった。クラミジアが如何に蔓延しているかお分かり頂けるだろう。

 クラミジア感染症は2000年から2011年まで人口10万人あたり250~450人の間で推移していたが、2015年からの2年間で500人を突破した。急速に増加しているのがわかる。

 クラミジア感染症の多くは無症状で、たとえ症状が出ても軽い。多くは感染しても気づかない。また、知らぬ間にパートナーにうつしてしまう。何らかのきっかけで感染が判明しても、なかなかパートナーには相談しにくい。カップルが揃って適切に治療しなければ、再発を繰り返す。

 この病気がやっかいなのは、放置すれば、増殖したクラミジアが卵管を閉塞させ、不妊をもたらすことだ。少子化による人口減少に悩む多くの先進国は、クラミジアによる不妊症対策を人口減少対策の一環として実施してきた。

 2005年の欧州生殖医学会でシェフィールド大学のビル・レジャー教授は「現在、欧州では7組に1組のカップルが自然妊娠できませんが、このままでは3組に1組になる」と警告した。その際、レジャー教授が不妊の理由として挙げたのはクラミジア感染症と肥満だ。

 クラミジア感染は闇雲に恐れる必要はない。万が一、感染したとしても、抗生剤を服用すれば治癒する。現時点でクラミジアの抗菌剤耐性は報告されていない。

 クラミジア対策で重要なことは、国民が十分な知識をもち、適切に行動するように促すことだ。世界中で試行錯誤が続いている。例えば、2008年には英国健康保護局は、毎年またはパートナーを代える毎にクラミジア検査を受けるように推奨した。パートナーを代えた場合は、クラミジア検査の結果が判明するまでは、新たなパートナーとの性行為の際にはコンドームを使用するようにも促した。

 米国予防サービス委員会(USPSTF)も、1989年以降、25歳以下の性的にアクティブな女性に対し、クラミジア検診を受診することを推奨している。

 治療についても、各国が工夫をこらしている。例えば、英国では2008年にクラミジアの治療薬であるアジスロマイシンのジェネリック(クラメーレ)を処方箋なしで購入できるように規制が緩和された。市販の検査キットで陽性と判明した場合、その結果をもって薬局に行けば、抗生剤が購入できる。

 米国では、2015年2月現在、31の州でクラミジア感染患者のパートナーに対して診察なしで抗生剤を処方することが認められている。

 英米のクラミジア対策は、日本より圧倒的に進んでいる。日本では、このような対策はないし、そもそも信頼に足る統計データがない。

 厚労省の定点調査(特定の医療機関に受診した患者数を調べる)では、クラミジアの患者数は、2002年の4万3766件をピークに減少し、2016年は2万4396件だった。梅毒の患者数が、同時期の間に575件から4559件と増加しているのとは対照的だ。

 勿論、報告バイアスがあるのだろう。国立医療科学院の今井博久氏が、2006年に報告した調査では、感染率は女子高生で13.1%、男子高生で6.7%だった。欧米の2-5%より遙かに高い。日本の性病対策の現状をしれば、厚労省の定点調査より、今井氏の報告の方が、説得力がある。

 性病対策は難しい。欧米で徹底した対策を施しても、なかなか減少しない。特に近年、状況は悪化している。どうしてだろう。

 最近、英国のインペリアルカレッジ・ロンドンの研究者が、イングランドにおいて2000年から15年の間のクラミジア感染率を推計した結果を発表した。2008年から10年の間にクラミジアの感染率は0.68%減少したが、2010年以降、目立った変化はない。

 なぜ、ここまで徹底した対策をとっても、クラミジアの感染率は減少しないのだろうか。どうして、近年、急増しているのだろうか。前述したように研究者が注目しているのはSNSだ。特にティンダーをはじめとするマッチングアプリ(出会い系アプリ)の普及だ。

 マッチングアプリの対象は、彼氏・彼女を作りたいと希望する若者だ。彼らがアプリに登録すると、アプリは登録情報を元に自らの好みに合う相手を推奨してくれる。気に入った人がいれば、右にスワイプすればいい。特に気に入れば上、気に入らなければ左だ。相手も自分に対して右か上にスワイプしてくれれば交渉が成立。両者の間でメッセージのやりとりが可能になる。男女が知り合う障壁を劇的に下げることになる。

 日本でティンダーのユーザーが増加したのは2015年の春とされている。福島県で梅毒が急増した時期と一致する。日本でのユーザー数は公表されていないが、出会い系アプリに詳しいジャーナリストは「20代、30代の半分以上は利用していると思います」という。

 米国でティンダーがリリースされたのは、2012年9月だ。当初、大学キャンパスを中心に普及した。現在、同社のホームページによれば、190カ国以上はで利用され、1日のスワイプ16億回、1週間のデート成立件数は100万回という。

 スロバキアのコメニウス大学の医学生である妹尾優希さんは「「私の大学で、このアプリは流行しています。私のルームメイトもティンダーを通じて恋人と知り合いました。同級生との間でも、ティンダーで知り合った人の話題がよくあがります」」という。

 このようなアプリの出現は、若者の行動に影響するだろう。英国や米国が国家を挙げて、性病対策を行っても、感染者が増加しているのも頷ける。

 このことは、既に社会的な議論が始まっている。米国のジョナサン・マーミン博士はニューヨークタイムズ紙のインタビューで、「ティンダーのような出会い系アプリの登場は、性感染症増加の原因かもしれません。ただ、現時点では、その影響は証明された訳ではありませんが」と答えている。

 今後、状況は益々悪化する。5月1日、フェースブック社は、フェースブック内で使用できる「出会い」機能を年内に追加することを発表した。「交際中」や「既婚」の場合、使用制限をかけるそうだ。同社は「米国の夫婦の3組に1組はネット上で出会っている。その場限りではなく、長期的な関係を築けるようにしたい」とコメントを発表しているが、フェースブック上では約2億人が「独身」と明示しており、果たしてどうなるかわからない。

 では、どうすればいいのだろう。私は社会に正確な情報を発信しつづけるしかないと思う。出会い系アプリを規制することはできないし、そんなことをしても、「潜る」だけだ。

 最近、興味深い動きがあった。かねてから、女性の健康問題について研究を続けていた山本佳奈医師(ときわ会常磐病院)が、一般人向けの性感染症の冊子を作り、配付し始めたのだ。

 費用は彼女自身が負担し、まず、周囲の人に配り始めた。受け取った多くの人は「こんなに重大な問題だとは知らなかった」という。

 この動きを知り、応援者も現れた。その一人がNHKの八重樫伊知郎氏だ。彼女の活動を一人でも多くの人に知って貰いたいと考え、5月24日、福島県内で「性感染症防止にリーフレット」というニュースを配信した。このニュースを見た人から「冊子を送って下さいというリクエストが殺到している(山本医師)」という。

 問題意識を持つ人は繋がる。東京大学教養学部で生物学を教える坪井貴司教授は、山本医師の活動を知り、学生に対する講義を依頼した。さらに「一緒に学生向けの教科書を書きましょう」と提案した。坪井教授は「日本の性教育は遅れています。大学時代こそ、性についてオープンに語り、学ぶいい機会です」という。

 性感染対策は一筋縄ではいかない。若者の性への関心は尽きず、時に「冒険」する。読者の皆さんもご経験がおありだろう。一方、SNSは益々発展し、そのネットワークは国内に留まらない。性感染症が蔓延しやすい状況だ。

 どうすればいいのか。「特効薬」はない。正確な状況を調べ、社会で共有していくしかない。山本佳奈氏、八重樫伊知郎氏、坪井貴司氏のように地道な活動を積み重ねるしかない。

【本記事は『Japan In-depth:2018年6月1日』よりの転載です】

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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Foresight 2018年6月11日掲載

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