アイドルの熱愛、結婚、不祥事、引退… そのとき私はどう思うか あるジャニオタの告白
アイドル――。テレビ、映画、ラジオ、雑誌…程度の差はあれど、多くの人が日常的に「アイドル」と呼ばれる人たちに接しているのではないだろうか。中でも、「ドルオタ」つまり、アイドルオタクと呼ばれる人たちにとってアイドルとは、自身の生活と切っても切り離せない、もはや衣食住に次ぐ必要不可欠な存在であるかもしれない。
煌めきや喜びを与えてくれるアイドル。しかし、時に衝撃的でファンにはどうすることもできないような出来事、例えば熱愛や結婚、解散や引退、不祥事などのニュースも日々飛び込んでくる。
アイドル周辺の悲喜こもごもをテーマにした短編集『くたばれ地下アイドル』を4月末に刊行した作家の小林早代子さんも、実はアイドルファンの一人だ。そんな小林さんに今回は、アイドルを愛すること、そして衝撃的な出来事が起こったときファンは何を思うのか、などを伺った。
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〈私はそもそも表題作の「くたばれ地下アイドル」を執筆した2015年の時点では、それほどアイドルに関心を持っていませんでした。つまり、私がアイドルに注目してるのって正味ここ3年で、そんな、3年ってお前、ドルオタの諸先輩方からすれば完全にクソ雑魚ド新規かと思うんですが、ベテランのジャニーズJr.は安心感があっていいけど歴の短いJr.もパンピっぽくてまたカワイ~よねみたいな広い心で許してください。
アイドル周辺を描いた短編集を執筆するにあたってアイドルを意識的に摂取していたこの3年間、複数のアイドルが私の心をめくるめく通り過ぎてゆき、結果的にいま最も注目しているのはジャニーズJr.です。ジャニーズJr.に関してはそれこそ注目し始めてから半年も経っていないんですが、ジャニーズJr.、マジでめっちゃおもしろくないですか? 同年代の男子たちが織りなす青春ぽさと群雄割拠な感じが少年漫画みたいで超楽しい。私はジャニーズJr.をほとんどSLAM DUNKだと思ってるみたいなところがある。
これを読んでいる方が一体どんなジャンルの何を推しているのか、はたまた無宗教でいらっしゃる心の強ぉいお方なのかはわかりかねますが、アイドルまわりはセンセーショナルなニュースの連続です。King & Princeの華々しいデビューだったり阿部亮平さんの大学院修了だったりジャニーズJr.のYouTube公式チャンネル開設だったり、明るいニュースばっかりならいいんですけどね~。
私は先述のとおりドルオタ歴が浅く、その時々で最も注目しているアイドルの、熱愛結婚不祥事引退等に直面したことがかつてありません。厳密に言えば、先日ハロプロ研修生だった橋本桃呼さんの研修活動終了が発表された時は思わずツイッターにポエム書いちゃう程度にショックだったのですが、彼女の活動期間は5カ月ほどとかなり短かったので、容易に折り合いがついたんですよね。悲しいけど、まあ仕方ないかーって。
とはいえ、私は心のどこかで、「仕方ない」では到底納得できない感情、強い憤りや失望を、推しから与えられてみたいという思いがある〉
「推しに裏切られた!」って感じる瞬間
――憤りや失望などない方がいいに決まってる! という読者の方も多いだろう。しかし、不謹慎だと思うと断りをいれつつ小林さんは「裏切り」に憧れる気持ちを明かした。
〈私はアイドルを好きになって3年経ちますが、「アイドルがおもしろい」ってのと同じくらい「アイドルを好きな自分」っていうのを未だに新鮮におもしろがってるんですよね。私ってアイドルとか好きになれるタイプの人間だったんだ? こんな気持ちになれんだ? ウケる! みたいな。アイドルに対しても、憧憬や執着より、この子なら未知の感情を教えてくれるかもっていう好奇心の方が強い。
この3年間、アイドルからポジティブな感情をたくさんもらいました。推しが出演しているTVを見ながら食べる夕飯はうまいし、推しの仕事が決まればワクワクするし、しょーもない夜も推しが笑ってればまあ何かいけるかもなって思えた。
その上でこんなこと言うのは不謹慎かとも思うんですが、私は推しにネガティブな感情も与えられてみたいんですよね。具体的に言えば、そろそろ「推しに裏切られた」と感じてみたいという願望があります。
アイドルの熱愛結婚不祥事引退等が報じられると、「ファンに対する裏切りだ」とか言い出す人がどこからともなく現れるじゃないですか? 裏切りってなんだよって白けた気持ちになる一方で、あれ、ちょっと憧れるんですよね。
幸運なことに、私はこれまでの人生で、家族友人知人にすら「裏切られた」と感じたことがありません。もしかしたら、死ぬまで経験しないかもしれない。
実際にそういう経験をした方からすればふざけんじゃねえって感じかもしれませんが、「裏切り」という強い言葉が否応なく脳裏に浮かんでくるようなカタストロフを、自分が情熱を注いでいるアイドルによって与えられてみたい。私もそんな気持ちになる時が来るのかな? 来るとしたら、一体誰に、どんなやり方でその気持ちを教えてもらえるんだろう。この先、「推しに裏切られた!」って感じる瞬間が来るとしたら、その時やっと私はドルオタですって心から言えるようになる気がする。
ちなみに、私の観測範囲内でこの人のファンでいれば幸せでいられる気がすると信じさせてくれるアイドルが今のところ2人いて、それは中島健人さんと阿部亮平さんです。この2人を応援している限りは「裏切られた」なんて思う日は未来永劫来ないんじゃないかと思います。万が一彼らに「裏切られた」と思わされる日が来るとしたら、それこそ最上の裏切られ体験になるんちゃうかなと思っちゃいますね〉
アイドルに向き合うことは自分に向き合うこと
――世間に衝撃を与えた山口達也さんの事件。多くの人が、それぞれの立場から様々な思いを抱いただろう。小林さんは、一人のジャニーズファンとして、この件についての考えを語ってくれた。
〈「不祥事」という言葉で括るにはいささか乱暴かと思いますが、山口達也さんの事件はショッキングでした。
どこの誰かも知らない人が起こした事件だったら、セクハラ親父キモっ! つって断罪してそれっきりなんですが、同じように断罪するには、私たちは、TOKIOの、ひいては山口達也さんの物語を、長いこと、広く共有しすぎていた。山口さんが起こした事件を自分の中でどう処理していいのか、自分の既存の価値観は果たして正しいのか、混乱してしまった人も多くいたんじゃないでしょうか? 自分が把握していないだけで見知らぬセクハラ親父も同じように物語を持っていて、その人の物語を共有している身内がいて、そのセクハラ親父から良い影響を受けた人もいるっていう、至極当たり前のことに思い至ってしまった。山口さんをただの性犯罪者だっつってこれまでどおり断罪するのが正しいのか、名前も知らないセクハラ親父をネットニュースの見出しだけみてハイきもい最低死すべし~っつって断罪してきたのは正しかったのか、公平性とは何なのか、どういう立場をとるのが正しいのか。もし事件を起こしたのが自分の推しだったら? 推しが所属しているグループのメンバーだったら? 自分の家族や友人だったら? この事件は、私たちに、悲しい気持ちと、ほんのちょっとの想像力の広がりをもたらしたかもしれないけど、誰かが正解を教えてくれるわけじゃない。
その人がこれまでどれだけの人に良い影響を与えたからといって、その人が犯した罪はチャラにはならないし、それと同じように罪を犯したからといってそれまでに人に与えた良い影響もチャラにはならないですよね。出勤前に見ていた情報番組で楽しませてもらったことを私はなかったことにしないし、「LOVE YOU ONLY」も「19時のニュース」も私にとって変わらず名曲です。
ドルオタが100人いれば100通りの宗派があって、どこにも教科書はなくて、それがお前の倫理か! と自らこめかみに銃口突きつけて自問する日々です。アイドルっていうのは得てして自分から遠い存在であるのに、アイドルに向き合うことは自分に向き合うことに近くておもしろい。私は常にアイドルに対してリスペクトを持っていたいし太客じゃなくても誠実でありたくて、その姿勢はいつか私と推しの何かをわずかでも好転させるはずだと根拠なく信じています。それでもきっとどこかの誰かの目には私の推し方が不誠実に映ったりもするんでしょうね。でもそんなの知ったこっちゃねーんだよ。
「寄る辺なくはない私たちの日常にアイドルがあるということ」という、『くたばれ地下アイドル』の巻末に収録している書き下ろしは、そんなアイドルへの想いを込めて書いた一篇です。研修生オタの男女が推し活を通してアイドルに対する誠実さとは何か考えたり、SNSに振り回されたり、自己を省みたりする、ダサくて愛おしい話なのですが、私はこの作品の執筆後、実際にジャニーズJr.とハロプロ研修生の幸せを祈るマシーンになりました。毎日楽しいです〉
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