「そういうの、生き方として許せません」 愛妻家の「石破茂」新総裁は、慶大時代に「佳子夫人」からものの見事にフラれていた

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「ヤマかけ講座」で急接近

《あの頃、わたしは彼女に気に入られたい一心で、実によく勉強しましたね。スポーツができるわけでもない。同級生のように家に高級外車があるわけでもない。あるいは中等部から上がってきた同級生のようなナンパのテクニックを持っているわけでもない……。 もう勉強するしか武器がなかったからです》

 当時の石破氏は「石破のヤマかけ講座」を開設していた。自分で予想問題を作り、模範解答も準備して、クラスメイトなどに教えるわけだ。

《おかげで2年生のときも「石破のヤマかけ講座」で見事に学期末試験の出題を当てて、彼女との距離は縮まって、たまに食事に行ったりするようになりました》

 これをきっかけに2人は交際を開始し、やがて結婚する――。こんな先入観を持って読み進めると、意外な展開に驚かされる。石破氏の努力にもかかわらず、2人の関係はまったく進展しないのだ。そして卒業式を迎えることになる。

生まれて初めての告白

《卒業したらもう二度とチャンスはないと思ったわたしは、卒業式のあと、ホテル・ニューオータニで開かれた謝恩会で思い切って告白しました。生まれて初めての恋の告白です。

「これから結婚を前提として付き合ってくれませんか」と――。

――ごめんなさい。

 ものの見事にフラれました。

 そのとき、わたしはすでに三井銀行に就職することを決めていましたが、彼女にキッパリ言われましたよ。

「だいたいあなたは、司法試験を受けて弁護士になるとか、大学に残るとか言ってたけど、結局、わたしと結婚したいから、早く就職して稼げるようになりたいんでしょう。わたし、そういうの、生き方として許せません」》

 思わず「女傑」という言葉が浮かぶが、この厳しい指摘に対して、石破氏は「お見事、その通りです」と回想している。その後、2人は結ばれるわけだが、本書に「わたしにとって妻はなくてはならない存在です」との一文があることは紹介しておきたい。

デイリー新潮編集部

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