ベトナム人留学生「違法就労」報道で『朝日新聞』は変わったか
4月の本連載で、朝日新聞販売所で横行するベトナム人奨学生への「違法就労」と「差別待遇」の問題を2回に分けて取り上げた(2018年4月11日「ベトナム人留学生『「朝日新聞」配達』違法就労の『闇』(上)(下)」)。
販売所はベトナム人奨学生に対し、留学生のアルバイトとして法律で認められた「週28時間以内」を超える就労を強い、しかも残業代も支払っていない。さらには、ベトナム人に限っては、新聞配達時に原付バイクも使わせない。彼らの弱い立場につけ込み、まさにやりたい放題なのだ。
記事では、ベトナム人奨学生の働く販売所、そして彼らを日本へと招いた朝日奨学会の見解も紹介した。コメントを見ていただければわかる通り、両者ともに問題を改善する気などないのは明らかだった。
その後、5月になって、筆者が新聞配達に同行取材したベトナム人奨学生、ファット君(仮名)から連絡が入った。販売所の仕事に変化があったというのである。
「夕刊の配達を週1日減らす」
東京・世田谷区にある朝日新聞販売所「ASA赤堤」――。ファット君の勤務するこの販売所では、新聞配達の担当区域を6つに分けている。そのうち5区域は、5人のベトナム人奨学生が担当だ。
こうして外国人の労働力なしには成り立たない販売所は、首都圏を中心に急速に増えている。朝日新聞の販売所に限らず、新聞配達の現場は日本人の働き手が集まらず、人手不足が最も深刻な職場の1つなのである。
4月末、ASA赤堤でベトナム人奨学生たちが集められた。「フォーサイト」に前述の当該記事がアップロードされたのは4月11日だ。それから約2週間後の4月26日と27日、筆者はネットメディア『PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)』でもASA赤堤の実名を挙げ、問題を告発した。ASA赤堤がベトナム人を集めたのは、その後のことだ。
ファット君は気が気ではなかった。筆者の記事には、下半身だけとはいえ、配達時の写真が載っていた。ジャーナリストの取材に協力し、販売所の実態を漏らしたことを咎められ、ベトナムへと強制送還されるかもしれない。そんな権利も販売所にはある。彼が不安を抱くのも当然だった。
しかし、販売所の業務を取り仕切る店長は、ファット君らに意外な言葉を投げかけてきた。
「これまでは(ベトナム人奨学生たちの就労時間が)週28時間を超えていたので、今後は夕刊の配達を週1日減らすことにします」
あまりに突然の話に、ファット君は驚くだけだった。彼の日本語能力は、通訳なしでは簡単な会話が成立する程度のレベルだ。店長の言葉を一言一句違わず聞き取ったわけではない。それでも販売所が、違法就労を認めたという事実は理解できた。認めていなければ、ベトナム人たちの仕事を減らす必要もないのである。
筆者の取材に、ASA赤堤を経営する所長の塚本裕子氏は、文書で短くこう返答していた。
〈今後とも、法律を守るように努めます〉
〈今後とも〉には、法律違反はしていないとの主張が込められている。しかし、一連の記事によって、違反を認めざるを得なくなったようだ。
それまでベトナム人奨学生たちは、朝刊を週6日、夕刊は日曜を除く週5日配達していた。そこから夕刊配達が週1日減り、4日となるわけだ。加えて、新聞広告の折り込みなど周辺業務も免除されるという。彼らの仕事が「週28時間以内」で終わるよう調整したわけだ。
店長からは、他にも交通ルールの説明などもなされた。ファット君によれば、少し前にベトナム人奨学生の1人が仕事中に接触事故を起こしたのだという。その事件が影響してのことだと思われる。
説明を終えると、店長は5人に署名を求めてきた。彼らには仕事の減免のこと以外、日本語での店長の説明が十分に理解できてはいなかった。それでも指示されるまま、〈店長の意見はわかりました。〉と書き添え、日付とともにサインした。署名すれば仕事が減ると思い、素直に応じたのである。
署名した用紙はベトナム人には渡されず、そこに何が書かれていたのかはわからない。未払いの残業代についても、要求しない旨が記してあった可能性もある。しかし、そんなことまで彼らの考えは及ばない。
ASA赤堤としては、ベトナム人奨学生の就労時間を「週28時間以内」に収め、すべての問題を終結させようとしたのかもしれない。しかし、それでは終わらなかった。
電動自転車「導入」でも2週間放置
ゴールデンウィーク谷間の5月1日、朝日奨学会の担当者2人が、ファット君ら5人の通う日本語学校を訪ねてきた。うちの1人はベトナム人職員だ。そして5人の労働環境に関し、ベトナム語での聞き取りがなされた。
就労時間や配達部数などについて質問を受けた後、仕事上での要望も尋ねられた。そこで5人は、配達時に「電動アシスト自転車」を導入してほしいと求めた。本音では、日本人と同じように原付バイクを使いたい。だが、原付免許を取得するには時間がかかる。また、販売所の負担も原付バイクより軽くてすむ。そんな事情を考えての「妥協案」だった。
もちろん、「電動アシスト自転車」以外にも、奨学会に対して言いたいことはたくさんある。しかし、ベトナム人奨学生たちは奨学会を信用していない。
彼らが不信感を抱くのも無理はない。奨学会から他の販売所に配属されたベトナム人奨学生は、大半が原付バイクか電動アシスト自転車で仕事をしている。自分たちに限って電動なしの自転車しか与えられていないことに対し、彼らは以前から奨学会に訴えていた。だが、いくら訴えても対処してはくれなかった。
奨学会は筆者の取材には、こう答えていた。
〈個々のASAでの労働環境について逐一把握しているわけではありませんが、外国人奨学生から相談があった場合は、奨学会として真摯に対応しています。〉
こんな文章をベトナム人が見れば、皆、呆れ返るに違いない。彼らは奨学会が、自分たちよりも販売所の味方だとわかっている。だが、今回に限っては、奨学会も動かざるを得なかったようだ。
翌5月2日、ファット君は販売所に行って驚いた。敷地内に新品の電動アシスト自転車が置いてあったからだ。ちょうど5人分の5台が揃えてある。ただし、販売所からは何も話はなかった。
それから約1週間後の5月10日、ASA赤堤でベトナム人奨学生たちが再び集められた。そこには奨学会のベトナム人職員の姿もあった。その席で店長は、5月15日から電動アシスト自転車を使わせると宣言した。朝日販売所関係者によれば、電動アシスト自転車の導入には、朝日新聞本社からの指導もあったという。少なくとも5月2日には自転車を準備していながら、2週間近く放置された理由はわからない
店長からは、〈電動自転車導入について交通ルールの再確認〉、〈仕事の注意、私生活について再確認〉と題した紙も配られた。注意事項が日本語で細かく書かれていて、たとえば〈仕事の注意、私生活について再確認〉には、〈店の指示、指導を理解してしたがうこと。〉との文言もある。仕事を減らしたうえ、電動アシスト自転車まで購入したのだから、これ以上は文句を言うなとの意味なのかもしれない。そして前回と同様、再び用紙に署名することになった。
すべて「解決」なのか
仕事が減ったことで、ファット君らの就労時間は「週28時間以内」に収まった。また、配達には電動アシスト自転車も導入された。だが、これですべては「解決」なのだろうか。
ファット君ら5人のベトナム人奨学生は、1年以上にわたって違法就労と差別待遇を強いられた。その点に関し、塚本氏らASA赤堤側から謝罪の言葉は一切ない。「週28時間」を超えた部分の残業は、累計すれば1000時間近くに上るはずだ。そのぶんの残業代が支払われる気配も全くない。
4月の連載でも触れたように、「週28時間以内」を超える違法就労は、ASA赤堤に限った問題ではない。筆者は過去4年間で、OBを含め50人以上のベトナム人奨学生に取材してきたが、「週28時間以内」で仕事を終えていた者には1人も出会っていない。塚本氏らには、「なぜ、自分たちだけが叩かれるのか」との思いもあっただろう。
朝日奨学会は、販売所で常態化している違法就労に関し、法律を守るよう〈日頃からさまざまな場で呼びかけています〉と言う。その言葉からは、問題を真剣に改善しようという思いは感じられない。
ベトナム人ら外国人奨学生の違法就労をなくすことは簡単だ。ASA赤堤に倣い、夕刊配達や周辺業務を減免すればすむ。そのことを奨学会が制度として定めるのだ。そして、外国人奨学生の就労時間を法定上限内に収めると誓約した販売所に対してのみ、ベトナム人を配属すればよい。
そうなると、販売所の負担は増える。ASA赤堤もベトナム人に減免した仕事は、「臨配」と呼ばれる外部業者に頼ることになった。新聞販売所の経営は軒並み苦しく、統廃合も相次いでいる。ベトナム人らの待遇を改善すれば、人件費は増え、さらに経営を圧迫するだろう。そもそも経営難ゆえに、販売所は安価な外国人の労働力に頼りたいのである。
「悪い人です」
一方、ベトナム人奨学生への「差別待遇」は、ASA赤堤の自転車での配達問題に限っては解決された。とはいえ、朝日奨学会が制度として認める差別は残ったままだ。日本人奨学生は「隔週2日(4週6休)」で取れる休日が、外国人奨学生には「週1日」しか与えられない。
奨学会としては、「身内」である販売所の人手不足解消を優先したい。奨学金を負担しているのも個々の販売所だ。ベトナム人らを“多少”差別したところで、やむを得ないと考えているのかもしれない。そんな日本側の事情は、ベトナム人たちも気づいている。
ASA赤堤に関する記事を発表して以来、かつて取材したベトナム人奨学生たちから、筆者に多くの連絡があった。そのほとんどは、自らが被った理不尽な体験に関する訴えである。奨学会には届かなくても、彼らが待遇に不満や怒りを持っているのは明らかだ。
こうした状況のもとでも、ベトナム人奨学生は増え続けている。また、朝日奨学会の「成功」によって、他紙の配達現場でも留学生アルバイトは急増中だ。「週28時間以内」を超える違法就労問題を抱えながらのことである。外国人新聞奨学生制度の生みの親である朝日新聞には、そんな現状をどう捉えているのか尋ねてみたいものだ。
朝日新聞には、違法就労問題のみならず、販売所の苦境までも救う手段がある。それは夕刊を廃止することだ。夕刊がなくなれば、販売所で働く外国人の就労時間は「週28時間以内」で収まる。また、人手不足も緩和され、販売所の経営自体も大きく改善するに違いない。販売所の収入である購読料は、朝夕刊セットが月額4037円、朝刊のみだと3093円だ。1カ月につき1000円弱の収入を得るため、販売所は1日2度の配達を強いられ、人手も確保する必要に迫られている。
違法就労と差別待遇の問題に関し、勇気を持って告発してくれたのはファット君だ。彼は筆者が同行取材した際、ASA赤堤の所長について「悪い人です」と語っていた。待遇が改善された今、その印象は変わったのか。ファット君に尋ねると、「いいえ」との答えが返ってきた。
「どうして?」
そう問うと、彼は「ドウシテ……」と私の言葉を繰り返した後、しばらく考え込んだ。そして苦笑いを浮かべ、ポツリと言った。
「(説明するのが)ムズカシイです……」
彼が日本人全体までも「悪い人」たちだと思わないよう願うばかりだ。
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