「おっさんずラブ」はすべての視聴者を“乙女”にしてしまう凄まじく魅力的なドラマだ!

エンタメ

  • ブックマーク

 近年、ナイトドラマ枠でコアな視聴者を獲得し、ファン層をひろげるという動きが活気づいている。今シーズンいちばんの話題作といえば、『おっさんずラブ』(テレビ朝日)で間違いないだろう。

 春田創一(田中圭)はモテない33歳、不動産業。彼を恋い慕う上司として黒澤武蔵(吉田鋼太郎)、ひょんなことから春田と同居することになった牧凌太(林遺都)から思いを寄せられ、人生最大にして最高の大騒ぎとなるモテ期を描くラブコメディだ。

 放送当初から、女性視聴者を中心に大きな人気を集め、公式ツイッターや公式インスタグラム、また、黒澤武蔵名義のインスタグラムアカウントまで、多くの熱いコメントが寄せられるほどの、まさに社会現象となっている。

「男性同士の恋愛」「ボーイズラブ」という構図は、いわゆる「腐女子」と呼ばれる女性たちだけの隠れた趣味であった時代から久しい。インターネットが発展し、もはやボーイズラブはひとつのジャンルとして確立したのだと、本作を見て思わずにはいられない。

 その昔、ボーイズラブは人気マンガや人気タレントたちをモチーフにした同人誌(いわゆるコミックマーケットのような)というクローズドな場所で楽しまれるものだった。それがこうしたライトな作風で、多くの視聴者に受け入れられているというのは、インターネットやSNSの発展で多くの趣味を共有できるようになった時代の変化であると感じる。

 筆者ももちろん楽しみに毎週見ており、「おっさんずラブ」の続きを見たいがために毎週仕事を片付けて土曜の夜を心待ちにしているような状態である。しかし、こうした同性同士の恋愛をコミカルに消費してもよいのか……という一抹のためらいがないわけではない。実際のセクシャルマイノリティがこうしたボーイズラブに興じる女性たちをどう見ているのか、複雑に感じる部分があるのは事実だ。

筆者にも男性同性愛者の友人がいるが、彼が今まででいちばん傷ついたのは、無神経な男性の友人からの「俺のことは襲うなよ(笑)」という言葉であり、いやいや、異性愛者だって誰も彼も異性であれば襲ったりしないように同性愛者だって同じだわな! と大いに話を聞いた私は腹を立てたものだ。そうした風土が、日本の男性中心社会に残っているのは間違いなく、本作が女性ファンによって支えられているのは、イマイチ、異性愛者の男性視聴者が、本能的に「同性愛者が怖い」と思っている現れではないかと勘ぐってしまう。本当は怖いことなんか何もないのに。

 しかし、1話から徹底して描かれているのは春田の人間性の良さ、老若男女問わず誰しもを惹き付け、愛されるキャラクターだ。異性愛者同士でやり尽くされてきたようなラブコメディを、真剣に男性たちが演じる。これは特筆に値する。これなら、黒澤が春田に恋いこがれるのも自然だ、と思えるようないい人ぶりに、ついつい筆者もこの恋愛模様に参戦したくなってしまうし、参戦はいかないまでも牧、黒澤、どっちを応援するのか真剣に悩んでしまう。

 また、牧の描き方として、生活にだらしなくロリ顔巨乳好きという男性の典型・春田と対極に、家事にマメで綺麗好きであり、家を出ていってしまった春田の母と同じようなキャラクタ造形として描かれているのは大変興味深い。そんな完璧男子・牧が、真剣に春田に思いを寄せるのであるから、この構図にときめくなという方が無理である。

 吉田鋼太郎という俳優は、蜷川幸雄演出のシェイクスピアシリーズにも長年出演してきた、日本を代表する骨太の舞台俳優である。『オセロー』『リア王』で魅せてきたような強面を発揮するかと思えば、春田の手を握り、手作りのお弁当を持参してくるようなカワイイ乙女ぶりは、どんな役柄も変幻自在の吉田だからこその魅力であり、彼の演技力に支えられてこそ本作の面白みは増している。

 先ほど、筆者は日本の男性中心社会の在り方について書いたが、吉田演じる黒澤を見ていると、「日本のおっさんたちはもっと自由になっていいんだよ! ステキに人生を謳歌しようよ!」という作り手からのメッセージを感じる。

 ちなみに、春田たちが勤めている不動産会社の社員、瀬川舞香を演じる伊藤修子は、拙者ムニエルという劇団出身の小劇場俳優であり、彼女の怪演もまた本作を引き立てている。ぜひ皆さんには、伊藤修子の魅力もこの際堪能してほしい。

 現在までの放送分では、春田が牧からの告白を受け入れ、形式上は「付き合う」というところまで来ている。春田の幼なじみ荒井ちず(内田理央)は、その二人の様子を見て、あろうことか自分が春田に思いを寄せていることに気づいてしまった……。第5話で、春田のために買ってきたはずのケーキをひとり、外のベンチで食べるシーンはせつなさにあふれ、ままならない恋のつらさは男女関係ないものなのだと改めて感じさせられた。

 このドラマを見て、時にときめき、せつなさに涙すら流しながら思うことがある。「男性同士の恋愛模様」を楽しんでしまう心理が、異性愛者には自然と内面化されている。しかしそうした無邪気な「楽しむ」気持ちを喚起させつつ、フィクションの先に、真の同性愛への理解が深まるきっかけになればよいと思う。

 とにかくもっかの懸念は、離婚した黒澤が牧から春田を奪えるのか……ということだ。牧派の筆者としては、黒澤を応援したい気持ちもありながら複雑だ。このように「おっさんずラブ」はすべての視聴者を、乙女にしてしまう凄まじいパワーを秘めている。

西野由季子

2018年5月26日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。