在りし日の「朝丘雪路さん」 芸能生活45周年の秘蔵ショット公開

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「津川さん、まじめなの」

〔11月9日〕
 石川県能都町に招かれ、講演。この能都町には、深水の一番弟子の美術館があり、また、画家で近くにアトリエを持つ朝丘さんの弟も住むとあって、この地には思い入れ深いのであるが。講演、題して「芸能生活四十五年をふりかえって」。地方の町で、年配のご婦人相手にどう芸能生活をふりかえるのか、お姑さんと共に暮らした話を中心に持っていく。嫁姑、全国共通問題に、もろに聴く態勢に入る聴衆であった。

 何だかんだで、この日の睡眠時間、2時間ぽっきりで、次の仕事場へと向ったが、「アタシ、全然、平気」。

 ちなみにこの前日も夜11時まで仕事。羽田のホテルに泊まっての能都町行きだったが、「朝、雅彦さんがホテルまでゴハン運んでくれたの」。忙しいスレ違い夫婦は、巧みに接点を作る。

 余談だが、朝丘さんは津川さんとは再婚である。前の夫と結婚中に津川さんとの噂が書きたてられた。2人が共演したパンフレットに寄せた「ぼくの初恋の人と同じ舞台に出られて嬉しい」とこのたった1行の津川さんの言葉が、リップサービスが飛びに飛び、膨らみに膨らみ、結果朝丘さんは離婚。「アタシね、離婚したくなかったのに、されちゃったの。息子もとられちゃったの」。しかしその後、津川さんと結ばれるわけだが、朝丘さん、津川さんのプロポーズに逡巡した。もちろん前の夫や子供に対しての気遣いもあったが、朝丘さんは4歳年上、そして津川さんは初婚……。「えぇ、でもそれより、津川さん当時プレイボーイといわれてて、デヴィ夫人とか……。そういう方が心配だった。アタシ、1度失敗してたから、今度また失敗したらと思って」。しかし結婚したら大外れ。「津川さん、まじめなの。アタシ余計な心配したことない」。

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