「平尾脱獄囚」が逃げ出したスパルタ刑務所 元受刑者が明かす“ゴマをするのが得意な男でした”
「牢名主」が証言
何しろ、彼の刑期は満期でも2020年の1月で終了。あと2年を切っていた。さらに、自身、供述で、「あと半年で出所できた」と述べていたように、仮釈放を考慮すれば、今年中に娑婆に戻れた可能性は十分あったのだから。
「平尾は、逃亡の動機を“刑務官にイジめられた”“受刑者間でトラブルになった”からと述べています」
と解説するのは、先の社会部デスクである。
「“刑務官に受刑者のリーダーにさせてもらえなかった”からとも。確かに刑務官からは注意を受けていて、出所者から座布団を譲り受けたり、一般工員のヘルメットをふざけてかぶったりしたことで、この3~4月に厳しく叱られたそうです。一方、受刑者間については、どんなトラブルがあったのか判然としていません」
しかし、平尾と言えば、約3週間、延べ1万人を超える捜査員の手を逃れて逃亡を続けた、相当な「タフガイ」。そんな彼でも、耐えきれなかった獄中の人間関係とは――。ますます謎は深まるばかりなのである。
その秘められた平尾の獄中ライフについて、貴重な証言をする人物がいる。
「平尾は、とにかく自分の感情を表に出さない奴。何を考えているのかわからないところがありましたね」
そう語るのは、大井作業場にごくごく最近まで入所し、受刑者のリーダー役「会長」を務めていた、20代の男性である。
江戸時代の牢屋における「牢名主」に当たる存在、と言えばわかりやすいであろうか。
「ボクサーの長谷川穂積に似ているので、俺は平尾を『穂積』と呼んでいました。寮ではパシリにされ、上にゴマをするのが得意な男でしたよ……」
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