林芙美子が贔屓にした「文化人のサロン」となった宿 文豪が愛した温泉宿
「出世払い」
現在の「塵表閣」は客室わずか6室の小さな旅館だ。バブル期に旅館が競って増築をした時代、美知子女将が「私がもてなせる規模の旅館にしたい」という考えで、あえて旅館を小さくしたという。実際に泊まってみれば、素材を活かした料理のみならず、アメニティ袋やタペストリーなども全て美知子女将のお手製だ。端々まで丁寧に手がかけられた様子から、芙美子が受けた心遣いは脈々と受け継がれていることが分かる。
そうした宿の尽力もあって、芙美子は滞在わずか数カ月で『うず潮』を世に送り出す。「毎日新聞」に連載されて好評を博し、昭和39年にはNHK連続テレビ小説にもなった。
ところで、いつも温泉地を取材して疑問に思うことがある。作家たちは宿代を払っていたのだろうか。
思い切って美知子女将に聞いてみると、
「ウチはほぼ頂いておりませんでしたね。出世払いか、芸術家なら作品を頂戴することもあったようですが」
その恩返しに芙美子は、マツさんの夫・小林茂さんが県議選に出た際、自ら進んで応援演説にかけつけた。稀代のスター作家を見ようと野次馬が集まり、候補者よりも芙美子が目立っている写真も宿には残る。
文豪とは懐が寒い時でも贅を尽くすことで喜びを得る生き物だ。そんな厄介な特性を、身を削るようにして作品を書く生身の姿に触れることで、理解し、懸命に支えたのが温泉宿だったのである。文豪たちの名作を片手に湯に浸り、その心意気を肌で感じる旅に出かけてみてはいかがだろう。
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