開高健は“裏部屋”希望、釣りを楽しんだ「環湖荘」 文豪が愛した温泉宿
虹マス風呂
開高が愛した「環湖荘」は昔のまま。ロビーを抜け2階に上がれば、右の隅っこに彼が最後に泊まった「八号」(現在の201号室)がある。8畳1間で、小さな床の間と押し入れに窓は1つだけ。あまり光も入らず、確かに“裏部屋”と呼ぶに相応しい。
対照的に、釣りの後に体を温めた大浴場「虹マス風呂」は、床から三角屋根の天井まで高さは5メートル80センチ。壁一面は窓で覆われとても明るい。24時間入浴可能なのだが、燦燦とした光が射す朝の方が気持ちよい。
壁面に目を移すと、2つある水槽の中にはニジマスやヤマメなど、開高が愛した川魚たちが泳いでいる。湯船の中央にはニジマスの石像が鎮座し、入浴すると首までたっぷりと浸かれる深さ。茹でたての卵の匂いがふんわりと香り、両手を擦り合わせると、きゅんきゅんと軋(きし)んだ。宿所有の源泉から湧き出た単純温泉が注がれているが、洗い場の蛇口からも温泉が出て、湯量の豊富さをうかがわせる。
そんな湯浴みと釣りが楽しめる丸沼には、幸田露伴や井伏鱒二も訪れた。露伴はこの地を舞台に『対髑髏(たいどくろ)』を書き、井伏鱒二の礼状が宿にはあるが、そもそも作家には温泉好きが多い。
仕事柄、私のように温泉巡りを続けていると、名湯秘湯には必ずといっていいほど文豪の足跡があるのだ。
(2)へつづく
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