世界一目前「ジャスティン・トーマス」不調脱出の「極意」

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 昨今の米ゴルフ界は復活優勝間近と見られるタイガー・ウッズの話題で溢れ返っているが、ここ数年、ピラミッドの頂点を目指し、着実に歩を進めている期待の若者と言えば、ジャスティン・トーマス。ちなみに彼は今、ウッズと最も親しい選手でもある。

 トーマスはケンタッキー州ルイビル出身の25歳の米国人。アラバマ大学卒業後、2013年にプロ転向し、下部ツアーを経て2015年から米ツアー参戦を開始。ルーキーイヤー2015年の「CIMBクラシック」で初優勝を挙げると、翌年は同大会2連覇を達成し、2017年明けからはハワイで2週連続優勝も達成。そのときから彼の快進撃が始まった。

 昨夏、「全米プロゴルフ選手権」でトーマスが松山英樹との優勝争いを制し、メジャー初優勝を挙げたことは、ご存じの通りである。2017年は年間5勝を挙げ、今季はすでに韓国で開催された新設大会の「CJカップ・アット・ナインブリッジズ」と「ザ・ホンダ・クラシック」で優勝し、米ツアー通算8勝を挙げている。

 現在、米ツアーのフェデックスカップランキングでは1位に君臨し、世界ランキングでは2位。先週の「ウェルズ・ファーゴ選手権」では世界ナンバー1のダスティン・ジョンソンが出場していなかったため、トーマスは同大会を12位前後で終えれば、初の世界一になる絶好のチャンスに付けていた。

 だが、結果は21位タイと振るわなかった。そう言えば、その前週の「チューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオリンズ」は予選落ち。前月の「マスターズ」では優勝争いに絡むことなく17位タイに終わった。

 それでも、ランキングで1位や2位に付けているのだから不調と言うほど苦悩しているわけではない。だが、絶好調でもない。「とりあえず、現状維持でもいいか」と思いつつ、「いやいや、この現状にあぐらをかいていたら下降していくに違いない」という危機感もある。

 そんな“狭間”で揺れながら、どんどん落ちていってしまう選手は多いのだが、トーマスが実践している“狭間からの脱却法”は、なかなかユニークで興味深い。

ウッズからのアプローチ

 振り返れば、トーマスがウッズと親しくなったのは、昨夏の全米プロを制した直後からだった。

 そもそもトーマスにとってウッズは幼少時代からの憧れの人であり、雲上人のような存在。だが、トーマス自身がプロゴルファーになり、米ツアー優勝者になり、そしてメジャーチャンピオンになったとき、驚くなかれ、ウッズのほうからアプローチをかけてきた。

「一緒にメジャー優勝を祝おう」

 ウッズに祝勝会を開いてもらったトーマスは、夢見心地でディナーの様子をSNSで発信。以来、トーマスにとってウッズは、手が届かなかった雲上人から、頼りがいのある最大のアドバイザーになった。

 ちょうどそのころから、ウッズはリハビリ生活を終えて戦線復帰へと本格始動を開始した。トーマスはしばしばウッズの自宅やホームコースに足を運び、そんなウッズの手助けをした。そうやって2人の親交は深まっていった。

 その時間、その機会はトーマスにとって最高の学びの場となった。そして、尊敬するウッズは、今の自分のように“狭間”で揺れるとき、何を考え、どう対処するのだろうかと思いを巡らせた。

「毎試合、出るからにはもちろん勝ちたい。でも、不調のときは、なんとしても予選落ちだけは避けることを目指し、自分の名前をリーダーボードの1ページ目に必ず載せることを目指す。最上段ではなくても、せめてファーストページにだけは載るように頑張る。そう思うことで全体的な底上げができる。それはタイガー・ウッズがデビュー以来、ずっと実践してきた歩み方だ」

帝王の教え

 トーマスがウッズと親しくなったきっかけは、全米プロを制してメジャーチャンプになったことでウッズに認められ、ウッズから祝ってもらう機会を得たからにほかならない。全米プロを制する以前のトーマスは、まだウッズとさほど親しくなかったのだが、当時のトーマスは別の人物から大きな影響を受けていた。それは、帝王ジャック・ニクラスだ。

 昨年6月、「全米オープン」3日目に63をマークし、メジャー初優勝に迫りながら最終日に75を叩いて9位タイに終わったトーマスは、そのショックが尾を引き、直後から「全英オープン」に至るまでの3試合で、すべて予選落ちした。

 トーマスがニクラスに会い、気付きを得たのは、そんな時期のある日のことだった。

「調子が悪いときは、調子を良くしようと闇雲にもがくのではなく、調子が悪い自分に合わせてゲームプランを変えればいいんだとミスター・ニクラスが教えてくれた。6番アイアン以下の短いクラブを持ったら、狙うべきは常にバーディーだと僕は思い込んでいたけど、不調のときはバーディーではなくグリーンセンターを狙えばいい」

 ゲームプランを変え、狙いを変えたら、気持ちは軽くなり、前向きになり、成績は上がり、そしてトーマスは全米プロを制覇した。

父子で咀嚼

 ウッズと親しくなってウッズから学び、ニクラスと会ってニクラスから学び、それらを肥やしにして勝利を重ねているトーマス。そしてビッグスター2人の陰にはもう1人、忘れてはならない人物がいる。トーマスの父親マイクだ。

 ケンタッキー州ルイビルのゴルフ場でクラブプロを務めるマイクの影響で、トーマスは物心ついたときからゴルフクラブを握った。マイクの父親、つまりトーマスの祖父もやはりクラブプロで、トーマスはゴルフ一家に生まれ育ったサラブレッドだが、単なる「七光り」ではなく実力派の選手になれたのは、父親マイクの導きのおかげであろう。

 マイクは可愛い息子に一方的に教えることは決してせず、トライ&エラーによって自分で学ばせようとしていたそうだ。試合という場にも、いきなり放り込んだ。

「8歳で初めて試合に出たとき、プレーオフで負けた。僕はまだ体が小さくて、優勝したチャンピオンが大きく見えた。自分も早く大きなチャンピオンになりたいと闘志が湧いた。それがすべての始まりだった」(トーマス)

 トライして、エラーして、そのとき見たもの、聞いたこと、感じたことを自分自身の未来のために採り入れていく。その姿勢をトーマスは幼少期から父親マイクの指導によって身に付けていった。

 初めて自分を負かしたチャンピオンの姿がトーマスの目標になった。そして4年後、12歳で初めて勝利の味を知り、ジュニア時代、アマチュア時代、アラバマ大学ゴルフ部時代は通算で125勝を挙げたが、その数字以上に悔し涙を飲んだ回数も多い。そのころのトーマスが最大の影響を受けていたのは、同い年の親友、ジョーダン・スピースだった。

「ジョーダンにできるのだから僕にもできるはず。そう思うことで勇気と闘志が湧いた」

 その通り、トーマスもスピースのようにプロになり、米ツアー選手になり、勝利を重ね、いつしかランキングでスピースを抜いた昨今は、ニクラスのように、あるいはウッズのように、強くなろうとしている。

 その陰にも、実を言えば、父親マイクの存在がある。ニクラスやウッズから聞いたこと、教わったことを、トーマスは必ず父親に伝え、偉人たちの言葉や思考を父子で咀嚼するのだそうだ。

極意は「何でも活用」

 トーマスの背後には、かつては大きく見えたチャンピオンがいて、親友スピースがいて、ニクラスやウッズのような偉人たちがいて、父親マイクは常にいて、いつも二重三重のアドバイスに支えられている。

 いや、言い換えれば、いい意味でトーマスが「利用できる人は全部利用している」ということになる。利用と言うより、活用と言うべき。それが、トーマス流の学び方、強くなる術なのだ。

 そう言えば、先週のウェルズ・ファーゴ選手権を制し、今季2勝目、通算12勝目を挙げたジェイソン・デイも、ある時期からウッズと親しくなり、今回の勝利の陰にもウッズからの助言や励ましがあったそうだ。

 そしてトーマスは、パットの不調から抜け出す突破口を模索し、同組になったリッキー・ファウラーに「バックアップのパター、貸してくれない?」と第2ラウンドのスタート直前に頼み、「リッキー・ファウラー」と刻印されたパターで戦った。

 何だって活用するトーマスの強靭なメンタル。見習うべし――。

舩越園子
在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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Foresight 2018年5月11日掲載

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