米国「イラン核合意」離脱で石油価格は「上がる」のか

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 2014年の夏、ジョン・ケリー米国務長官(オバマ政権、当時)はサウジアラビア(以下、サウジ)のアブドッラー前国王と会談し、供給阻害が起こって石油価格が急騰する場合には増産で対応して貰うよう打ち合わせた。アメリカが主導して「イスラム国(IS)」への本格的攻撃を開始する直前の話だ。中東の地政学リスクが増加し、油価が高騰する可能性を危惧したからだ。

 その後、何が起こったか?

 シリア国内での空爆など、米軍が主導する有志連合軍と「イスラム国(IS)」との戦闘は激化した。だが、夏場にピークをつけた原油価格は秋口にかけて下落を続け、11月末のOPEC(石油輸出国機構)総会が「減産しない」ことを決議したため、12月に入って急落した。それから3年、原油価格は低迷を続けていた。

 この歴史的事実が教えてくれるのは、「地政学リスク」とひとまとめにするのは間違いで、石油供給に物理的に影響を与える要因か否かが重要だということだ。そして何よりも、原油価格の動向には「需給バランス」という基礎的要因が極めて重要だ、ということだろう。

 昨日(米時間5月8日)、ドナルド・トランプ大統領は予定より早く「イラン核合意」からの離脱を発表した。原油市場は、すでに織り込み済みだった要因以外には何もない、ということから、反落して終了した。

 さて、では原油価格は今後、どのような展開を示すのであろうか?

サウジ・エネルギー相の懸念

 サウジのハーリド・アル・ファーレフ・エネルギー産業鉱物資源大臣がGW中に来日していたようだ。邦字紙の報道では気がつかなかったが、外務省のHPには「本7日、午後0時5分から約40分間」河野外務大臣を表敬訪問された、とある。だが、経済産業省のHPの「5月7日」の記事の中には、面談記録は残されていない。しかし『ロイター』は、ファーレフ大臣が東京で「trade minister」との面談の後に語った、として「Saudi energy minister says concerned about tight spare oil capacity」(5月7日7:46pm)という記事を掲載している。

 これによると、ファーレフ大臣は、世界全体の「余剰生産能力」が極端に減少していると警告を発しているのだ。

 筆者は、そもそも2016年末にOPEC/非OPECが協調減産に合意をしたとき、ほとんどの国は能力一杯の生産をしていたのではないか、と考えている。あきらかに「減産」による影響を最小限にするために、基準となる直前(2016年10月の生産実績)を最大限にしていたようなのだ。ロシアも同様だ。

 したがって、協調減産といっているが、政治的理由で減産を余儀なくされているベネズエラやリビアなど一部の国を除き、実は各国とも「快適な」生産水準にあるのではなかろうか。その意味では、協調減産の「出口戦略」などないのかもしれない。

 この事実が、ファーレフ大臣が懸念している背景にあるのではないだろうか。

 また、隠れた供給能力である「在庫」も、協調減産合意のさいに「目標」とした水準にほぼ近づいている。すなわち、OECD(経済協力開発機構)の商業用在庫が、2018年2月末時点で、過去5年平均対比より若干多いだけのところまで減少しているからだ。この春にはおそらく並んだか、あるいは下回る水準となっているだろう。まさに「Mission Completed」だ。

急な増産は無理?

 IEA(国際エネルギー機関)の最新の『Oil Market Report(IEA月報)』(2018年4月13日)によると、2018年第4四半期までの需給バランスは、冒頭に掲げたグラフのとおりとなっている。すなわち、協調減産を開始した2017年第1四半期から需要が供給を上回るようになり、爾来、ほぼ一貫して需要量が供給量より多い状態で推移しているのだ。

 油価上昇が止まるためには、需給バランスの回復(今回は供給量が増え、需要の伸びが減ること)が必要だ。

 もし、筆者の解釈が正しいとすれば、供給サイドで増産が可能なのは、米シェールオイル、政治要因によりスパイラル状に減少しているベネズエラの正常化、リビアやナイジェリアの国内治安の回復しかないが、米シェール以外は短期間での回復は望み薄だろう。

 一方、需要サイドでは、世界景気の悪化しか需要増の伸びを抑え、あるいは減少させるものはない。これこそ「100ドル時代再来」がもたらす悪夢だろう。

 以下に紹介する『フィナンシャル・タイムズ』(FT)の記事にあるように、米国のスティーブン・ムニューチン財務長官は、大手産油国と原油供給量増加策を打ち合わせている、としているが、相手はサウジしかいないだろう。余剰生産能力を持つのはサウジしかないからだ。

 トランプ政権は、今回の「イラン核合意」からの離脱による油価上昇と、それがもたらす世界景気、国内景気の悪化という中間選挙への悪影響を最小限にしたいと願っているようだ。だが、緊張を煽る中東外交という「火遊び」をしているトランプ大統領に、安穏とした日々は訪れそうにはなさそうだ。

「これ以上上昇しない」

 さて、FTの「US talks to oil producers about increasing output」(2018年5月8日)と題された記事の要点を次のとおり紹介しておこう。

 ワシントンのサム・フレミングとニューヨークのエド・クルックスによるこの記事は、現状を報じているだけで、影響についての分析は追跡記事を待つ必要がありそうだ。

■ムニューチン財務長官は、イラン制裁を再導入することによる影響を打ち消すために、複数の大手産油国に原油供給を増やすよう話をしている、と述べた。彼のこのコメントは、サウジが石油市場の安定と世界経済の成長を支えると約束する発表を行った後になされた。トランプ大統領の「イラン核合意」からの離脱決断が、原油価格を押し上げ、消費者に打撃を与え、世界経済の成長にブレーキをかける恐れを掻き立てているからだ。

■ムニューチン氏はワシントンで記者団に対し、イランの原油輸出が減少することによるリスクを軽減するための複数の方策を取っている、と示唆した。「私の予想では、石油価格はこれ以上上昇しない。すでにある程度は織り込まれている」

■原油増産の用意があると米国に伝えている国がどこかについて、ムニューチン氏は明らかにすることを避けた。だが、増産が可能な余剰生産能力を持つサウジは、米国の「イラン核合意」からの離脱を強力に支持している。

■サウジのエネルギー省は火曜日の夜に声明を出し、サウジは「生産国および消費国に同じように恩恵を与えている石油市場の安定と、世界経済の持続的成長を支持する」、さらに「OPEC内外の主要産油国および主要消費国とともに、供給不足が生じた場合の影響を緩和するための努力を行う」と述べた。

■トランプ大統領の発表後、火曜日の石油価格は少ししか変動しなかった。指標であるWTIは約70ドルで終わり、月曜日の水準にほぼ近いものだった。一方、国際取引が多いブレントは約76ドルで、40セント上昇した(筆者注:これらは「最終取引価格」で、ともに前日比1ドル以上も下落した「終値」ではない)。

「新しい交渉」ができるか

■「イラン核合意」からの米国離脱や他の複数の地政学リスクにより、最近の油価は上昇基調にあった。原油は協調減産による供給量抑制と順調な世界経済に裏打ちされた堅調な需要増に支えられている。

■トランプ大統領の決定が石油価格にどのような影響を与えるかは、イランの輸出に制裁が如何に有効に働くかにかかっているだろう。調査会社「エナジーインテリジェンス」は、2018年第4四半期に54万BD(バレル/日量)、2019年半ばまでには69万BDの輸出減になるとみている。だが「S&P Global Platts」のポール・シェルダンは、今年第4四半期に減少するリスクがあるのはせいぜい20万BDだろう、という。彼は「今回の1カ国(unilateral)による制裁の実行は、2012年に実行された複数国(multilateral)による方法より難しいだろう」という。

■ムニューチン氏は記者団に、「我々は需給バランスを確かなものにしたいと思っている」「制裁が完全に実行されるまでに時間の猶予を提示している1つの目的は、他の産油国が増産する余地を残すためだ」と語った。

■イランからの原油購入が大幅に減少する国に例外があるのかと聞かれたムニューチン氏は、「重大な(significant)」減少がどの程度を意味するのかについては数量を明示することは避けた。彼は、米国はイランからエネルギー、石油、製品を購入している同盟国には慎重でありたいので、既存の契約を徐々に解消していく時間を与えたのだ、と語った。

■ムニューチン氏は繰り返し、米国の目的は、イランに関する新たな合意を模索する協議を続けることだ、と強調した。「それは何か。イランの国民にとっていいことであり、世界を守るのにいいことなのだ」と彼は語った。

■「1つ、我々の目的は新しい交渉を行うことだ。だが、2つ目に、我々の目的は、解消していく時間が十分に与えられることで、もし交渉ができなければ制裁は効果を発揮し、影響をもたらすであろう」

■米国はまた、国内で反発を招くような燃料価格上昇がないように、他の産油国が参入することを強く望んでいる。末端ガソリン価格をモニターしている「GasBuddy」は、トランプ大統領の制裁に関する発表の前に、制裁が幅広く適用されることによりガソリン価格はガロンあたり25セント上昇すると語っていた。全国平均価格はガロンあたり3ドルを超えるかもしれない。(岩瀬 昇)

岩瀬昇
1948年、埼玉県生まれ。エネルギーアナリスト。浦和高校、東京大学法学部卒業。71年三井物産入社、2002年三井石油開発に出向、10年常務執行役員、12年顧問。三井物産入社以来、香港、台北、2度のロンドン、ニューヨーク、テヘラン、バンコクの延べ21年間にわたる海外勤務を含め、一貫してエネルギー関連業務に従事。14年6月に三井石油開発退職後は、新興国・エネルギー関連の勉強会「金曜懇話会」代表世話人として、後進の育成、講演・執筆活動を続けている。著書に『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか?  エネルギー情報学入門』(文春新書) 、『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』 (同)、『原油暴落の謎を解く』(同) がある。

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Foresight 2018年5月10日掲載

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