ソ連を追い詰めた「ジャパニーズ・テープ」 大韓航空機撃墜事件で見せた日米の連携

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「ジャパニーズ・テープ」の機密報告

 よく知られているように、米国では一定の期間を経た公文書は機密指定を解除される。レーガン政権の記録を保管するのはカリフォルニア州シミバレーにあるレーガン大統領図書館だが、昨秋ここを訪れた際、私は“中曽根ファイル”とも言うべき大量の文書を入手した。ホワイトハウスや国務省、CIA(中央情報局)などが作成した物で、そこには彼らが対日政策を練る過程が生々しく残っていた。

 また80年代は東西陣営が核兵器を携えて睨みあう冷戦の時代だったが、そこで世界に日本の存在を知らしめたのが269名の命を奪った大韓航空機撃墜事件である。そして撃墜の責任を回避するソ連を追い詰めたのが、「ロン・ヤス」関係で日本からもたらされた宝石のようなインテリジェンスだった。

 1983年9月1日の午前3時半頃(日本時間)、ニューヨーク発アンカレッジ経由ソウル行きの大韓航空007便ボーイング747型旅客機がサハリン沖上空で突如、消息を絶った。その後、同機が予定された航路を大きく逸れてソ連領空を侵犯し、迎撃したソ連戦闘機によりミサイルで撃墜された事が明らかになった。これにより日本人28名を含む乗員・乗客の269名全員が死亡、民間航空機では最大級の悲劇として世界を震撼させた。

 事件発生直後よりワシントンには世界中から情報が寄せられたが、国務省が9月5日に作成した機密報告が手元にある。ソ連や各国政府の反応、乗客の捜索状況など最新のインテリジェンスを記載した文面で、その中に「ジャパニーズ・テープ」(日本の音声テープ)という項目があった。

「ソ連機パイロットの交信テープを国連安保理に提出させるとの当方の要請を日本政府は最高レベルで承認した。だが、もしソ連が火曜日の安保理会合前に撃墜の責任を認めた場合は立場を変えるかもしれないという。日本政府は大統領が月曜夜に行う演説でテープに触れる事にも異存はない」(国務省オペレーション・センター報告、第10号)

 この時点でソ連はまだ撃墜の事実を認めておらず、それどころか機体の形が似た米軍の電子偵察機RC-135との誤認を示唆し責任転嫁とも言える態度を取っていた。それを覆したのが日本の防衛庁だった。

見事な連携プレー

 海を挟んで国境を接する北海道の稚内、根室などには最新の技術を備えた自衛隊のレーダーサイトや通信傍受施設がある。「ウサギの耳」と呼ばれる部隊は24時間体制でソ連機の航跡や地上基地との交信を監視、傍受し、そこには当然ミサイルを発射したスホーイ戦闘機も含まれた。それは直ちに東京の総理官邸に届けられ、後に中曽根は当時についてこう証言している。

「大韓航空機事件を知ったのは、その日の午前4時頃でした。午前6時頃に、私は外務省、防衛庁からも報告を受けた。事情が正確に把握できたのは昼頃でした。夜中になって、やるなら思い切ったことをやらないと駄目だと考え、自衛隊が傍受していたソ連の戦闘機と樺太の基地との交信記録を米側に提供することを、早期に決断しました。交信記録を私の手元に持ってきたのは、内閣調査室でした。ところが、防衛機密保持の上から、後藤田官房長官や防衛庁の幹部は提供に消極的でした」(前掲書)

 ソ連の欺瞞を突き崩す切り札とも言えた音声テープだが、じつはそれを公にするのは日本にとって両刃の剣だった。というのは、日本が傍受しているのを知ったソ連は直ちに周波数を変えたり通信連絡網を組み替えるなどの対応策を取る。そうなれば今までのような傍受は不可能となり、機能回復までに数年を要するかもしれない。いわば交信記録の暴露は自分も痛手を負う「ハチの一刺し」だったが、中曽根は躊躇しなかった。

「私はソ連を全世界の面前でやっつける絶好のチャンスだと思い、交信記録を提供して日本の傍受能力が多少知られたとして、この場合には損はないと考えたのです。ソ連に対する日本の強い立場を鮮明にする好機であり、対米友好協力関係を強化する意味もありました。レーガンに知らせてやるのは、得になることはあっても、損になることはないと、私は反対意見を押し切って、機密情報をアメリカに渡しました」(前掲書)

 そして一旦公表すると決めると、日米は見事な連携プレーを見せた。9月6日の午前8時半(日本時間)、東京の後藤田正晴官房長官は緊急記者会見を開いて傍受記録の一部を発表し、ソ連に撃墜を認めるよう求めた。すると、そのわずか30分後にレーガン大統領がホワイトハウスの執務室から全米にテレビ演説を行い、ソ連の行為を「人道に対する罪」と非難し制裁措置を発表した。この席でわざわざソ連機のパイロットの会話を聞かせるという芸の細かさで、両国の連携ぶりは危機を通じて発揮された。

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