村田諒太が明かすその読書力 『夜と霧』が作った鋼のメンタル
初防衛戦を目前にして、WBAミドル級チャンピオンの村田諒太(32)が、単独インタビューに応じた。ボクサーにとって大事なメンタルは、『夜と霧』などの本を読むことで鍛えたという。その読書力をもってすれば、いずれ世界最強王者に君臨するのも夢ではない。(以下は、4月15日のタイトルマッチ直前に行われたインタビュー)
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僕はいま、4月15日に行われるエマヌエーレ・ブランダムラとの初防衛戦に向けて、最終調整中です。トレーニングは毎日ほぼ2時間、これまでに100ラウンド以上のスパーリングをこなしてきました。
プレッシャーをかけて相手をコーナーに追い込み、右のフックやストレートをヒットさせ、自分のペースを掴んでいくのが、僕のボクシングの持ち味。それを生かせるようにトレーニングを重ねています。タイトルを獲るよりも、初防衛戦を制すことの方が難しいと言われますが、きっと王者として相手を圧倒しようという気持ちが強くなり過ぎてしまうからだと思います。冷静に戦うことができれば、必ず結果はついてくるはずです。
ボクサーにとって、やはりメンタルは重要。僕の場合、メンタルを鍛錬する方法は読書です。2012年のロンドン五輪で金メダルを獲ることができ、その翌年、プロデビューすると、周囲からは勝って当然のような目で見られ、精神的な重圧に押しつぶされそうになりました。そんな折、介護士だった父が僕に読書を勧めてきたのです。段ボール箱に詰めた大量の本を自宅に送ってきた。それをきっかけに、僕は読書の虜になりました。主に読んでいるのは、ニーチェやオイゲン・ヘリゲルなどの哲学書、最近では、ナイキ創立者のフィル・ナイトが書いた『SHOE DOG』なども手に取りました。プロ入りから5年弱で数百冊は読んでいるのではないでしょうか。そのなかで、とりわけ印象深く、心に残ったのは『夜と霧』という本です。
――『夜と霧』は、第2次世界大戦中、ナチスドイツによって強制収容所に囚われ、奇跡的に生還したユダヤ人心理学者、ヴィクトール・フランクル(1905〜97)の著書。過酷な環境に置かれた被収容者たちが何に絶望し、あるいは何に希望を見出したのか、心理学者としての冷静な視線で克明に書き記した。47年にオーストリア・ウィーンで刊行され、現在、17カ国語に翻訳されている。
『夜と霧』は愛読書として、何度も何度も繰り返しページを捲っています。感銘を覚えたシーンの1つが、強制収容所の給仕係が被収容者にスープを注ぐところです。
極度の栄養失調に陥っている被収容者は生き延びるため、具のジャガイモができるだけ皿に入るように鍋の底から掬ってくれることを望むわけです。
ほとんどの給仕係は、顔見知りである仲間の被収容者を優遇する。しかし、Fという給仕係だけは皿を差し出す被収容者の顔を見ようとせず、公平にスープを注ぐのです。
そのシーンを読み返していて、ふと心に浮かんだのが、昨秋にミドル級最強のゲンナジー・ゴロフキンに挑戦したサウル・カネロ・アルバレスのことでした。最強王者相手に引き分けに持ち込んだものの、その後のドーピング検査で陽性反応が出てしまった。
もし、僕に対して誰かが、絶対にバレないし、試合に勝てば何億円も稼げるんだからと、ドーピングを持ちかけてきても絶対に断ります。
ただ、その一方で、ドーピングに手を出してしまう選手の精神的な弱さを頭ごなしに否定していいのかという葛藤もあります。公平、クリーンであることは大切です。しかし、誰もがFのように振る舞えるわけではない。
他者の心情を理解すべく努めるようになったのは読書のおかげかもしれません。
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