いよいよ開幕「マスターズ」ドラマの主役をつくる「13番」
「マスターズ」(4月5日~8日)開幕を目前に控えた今、昨年大会のサンデーアフタヌーンのドラマを思い出していた。
優勝争いの真っ只中。首位のジャスティン・ローズと2打差だったセルジオ・ガルシアが窮地に陥ったのは、13番だった。ティショットが木に当たり、フェアウェイ左サイドのブッシュの中へ。イーグルやバーディーが狙えるこのパー5で喫した痛恨のミス。多くの人々がガルシアの敗北を予感した。
だが、ガルシアは驚くほど冷静だった。
「僕が目指すべきは、最善を尽くして13番を『5』で上がること。それができなければ、ジャスティンに『おめでとう』と祝福の握手をするだけのこと。あのとき僕はそう思っていた」
そして、その言葉通り、ガルシアは13番をパーで上がった。だからこそ、その後に続く14番でバーディーを、15番でイーグルを奪い、プレーオフへ、マスターズ初制覇へと進んでいくことができた。
ガルシアに勝利をもたらしたのは、13番のパーだった。あのパーなくして彼がグリーンジャケットを羽織ることはなかった。昨年大会の究極のドラマが繰り広げられたのは、誰もがみな祈るしかないと言われるほどの難所、アーメンコーナーの13番だった。
マスターズ初制覇、悲願のメジャー初優勝を遂げたガルシアは昨年7月に結婚し、この春、誕生した長女に「アゼリア」と名付けた。オーガスタの18ホール各々には植栽されている木々にちなんだ独自の呼び名があり、13番は「アゼリア」と呼ばれている。ガルシアが愛娘に「アゼリア」と名付けた意味は、もはや説明するまでもない。ガルシア一家にとって「アゼリア」の存在は永遠のものとなった。
オーガスタの改修計画
あれから1年が経過した今、新たなドラマが「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」で繰り広げられようとしている。今年のオーガスタに目新しい変化は「何もないです」と、7回目の出場を迎えている松山英樹は言い切る。
松山のバッグを担ぐ相棒の進藤大典キャディにも確認してみたが、今年の13番は「何も変わってないです。去年と同じです」。
だが、今年の大会が終わったら、来年大会に向けてオーガスタは改修工事に入ると言われている。5番ティをぐっと後ろに下げ、5番ホール全体を20~30ヤード伸ばすと見られており、オーガスタはすでに新しい5番ティが設置できるよう、周辺の道路を購入済みだ。
さらに、アーメンコーナーの13番にも変化がもたらされるというのが、マスターズの公式ペーパー的存在である『オーガスタ・クロニクル』の見方だ。
昨年大会のガルシア同様、13番でドラマに遭遇した選手は数多い。それがハッピーエンドになった場合もあれば、悲劇に終わったケースもあった。ともあれ、13番が勝敗を分ける重要な役割を担っていることは、マスターズの歴史が物語っている。
それなのに、13番は往々にして18ホール中、最も易しいホールにランク付けされている。左ドッグレッグの510ヤード、パー5は現代の選手たちにとっては当たり前のように2オンが狙えるチャンスホール。左サイドのブッシュもミスショットさえしなければ、ハイレベルでパワフルな彼らにとっては何ら脅威ではない。
そんな現状を変えるために、オーガスタはすでに隣のゴルフ場(オーガスタCC)の一部を購入済みで、買い取ったその土地を活用して13番のティグラウンドの位置を下げるのではないか。そう見られている。
「究極」と「究極」のぶつかり合い
5番と13番の距離を伸ばす改修に関して、オーガスタ側はまだ正式発表をしていない。すでに5番ティ周辺の道路と13番ティ後方の隣のゴルフ場の一部をオーガスタが購入済みであることは事実として確認されているのだが、オーガスタのフレッド・リドレー新会長は今日(4月4日)の会見に臨んだ際も、5番と13番の改修に関しては何ら明言しなかった。
その代わり、リドレー会長はコースを伸ばすことが求められている現在のゴルフ界の現状や問題点について、思いのたけを言葉にしていた。
そもそも、オーガスタのコースが伸ばされるであろうことが注目される背景には、選手たちの飛距離の目覚ましい伸びがある。
今年3月にUSGA(全米ゴルフ協会)とR&A(ロイヤル&エンシェント・ゴルフクラブ・オブ・セント・アンドリュース)が発表した年次の「ドライビング・ディスタンス・レポート」によれば、選手たちの飛距離は過去2回は毎年平均0.2ヤードの伸びにすぎなかったのに対し、今回は一気に3ヤードも伸びていた。その驚異的な伸びが「フツウではない」と多くの関係者から見られ、そのための対策は必至だと言われている。
帝王ジャック・ニクラスやタイガー・ウッズは、その対策として「ボールを規制するべきだ」「土地もお金も無限ではないから、コースをどこまでも伸ばしていけるわけではない」とコース伸長限界説を主張。実際、昨今のロングヒッターたちにとって距離的に短すぎて試合には「使えない」という烙印を押されてしまうコースが増えてきているのは確かだ。
その意味でオーガスタに目をやれば、オーガスタの財力は果てしなく、その財力を使って、これまでも何度かコース改修を重ねてきた。
そして今も道路や隣のゴルフ場の一部を買い上げ、コース伸長に必要となる土地を確保することができている。つまりオーガスタは究極の難しさを常に維持し、選手たちに常に提供することが可能だということになる。
そんなオーガスタに挑む選手たちの方も、近代テクノロジーのおかげで進化したクラブやボールを駆使し、優れたコーチング技術、心身双方のトレーニング技術を採り入れ、優れた練習器具を用いながら質の高い練習を行ってブラッシュアップを図っている。これらを怠っている選手がオーガスタに辿り着くことは、おそらくないと言っていい。
オーガスタは究極に難しい戦いの舞台。選手たちはそこに究極の挑戦をする。マスターズは、いわば「究極」と「究極」がぶつかり合う大会なのである。
とても繊細な問題
栄えあるオーガスタなら潤沢な資金を使って近隣の土地を軽々購入できるわけだから、選手たちの飛距離が伸びればコースを伸長することは物理的には可能であろう。
実際、今年の大会後にその方向へ進むことは、ほぼ間違いないのだが、その方向へ進まなければマスターズがエキサイティングではなくなるのだとしたら、何も変化を遂げていない今年のオーガスタは「つまらない」ということになってしまう。
そして、選手たちの飛距離対策という意味でどうしてもコースを伸長する方向へ進まなければならないのかと問われたリドレー会長は、その問いには首を横に振り、興味深い話をしてくれた。
「オーガスタ・ナショナルは常に(創設者の)ボビー・ジョーンズとアリスター・マッケンジーのデザイン哲学を維持していく。
そのボビー・ジョーンズは、かつて13番を語った際、『2打目でグリーンを狙うかどうかは、大きな決断になる』と言っていた。だが昨今は、それはもはや大きな決断ではない。当たり前のようにみんなが2オンを狙っていく。だから(現状の13番には)何かしら問題はあるのだろうし、何かしら対策を練る必要もあるのだろう。
しかし、その方法は1つではない。とても繊細な問題だから、私たちオーガスタ・ナショナルは慎重に解決方法を探っていこうと思っています」
リドレー新会長が語った通り、選手たちの飛距離が伸びるならコースを伸ばせばいいという単純な話ではないはずなのだ。コースを伸ばさなければ、コースや試合がつまらなくなるのだとすれば、昨年大会のガルシアの勝ち方は、なぜあんなにも人々に感動をもたらしたのか。
そう考えたとき、勝負の流れをつくるもの、勝敗を左右するものは、もっといろいろあるはずだというゴルフの原点に舞い戻る。
マザーネイチャー(母なる自然)がコースにもたらす変化、マスターズの威厳が選手の心にもたらす変化、そうしたものがすべて一緒に複雑に絡まり合ったとき、究極のドラマが生み出される。
今年、3年ぶりにオーガスタで戦うタイガー・ウッズは、13年ぶりの勝利を目前にしたとき、平常心でいられるだろうか。生涯グランドスラム達成を目前にしたとき、ローリー・マキロイは今度こそサンデー・バック9で崩れることなく戦い抜けるだろうか。初めてグリーンジャケットを羽織る自分の姿を想像したとき、ダスティン・ジョンソンやジャスティン・トーマスは持てる力を存分に発揮することができるだろうか。
今年のオーガスタは何も変わっておらず、「最も簡単なホール」に位置付けられる13番は、昨年までとまったく同じ姿でアーメンコーナーに横たわっている。だが、それでもなお、素晴らしいドラマは、今年もきっと13番で繰り広げられる。
泣く人、笑う人。今年のサンデーアフタヌーンが暮れゆくとき、ドラマの主人公になるのは、果たして誰か――。
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