日本の発展には「教育投資」「規制撤廃」が不可欠

国内 政治

  • ブックマーク

 国際競争力の低下、地方都市の衰退。我が国の前途は暗い。

 この問題に対処すべく、安倍政権は大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略をコアとした「アベノミクス」を推し進めてきた。その目的はデフレからの脱却と富の拡大だそうだ。

西高東低の配置

「アベノミクス」には、我が国を活気づける一定の効果はあったと思う。ただ、この政策には長期的な視点が欠如している。それは、教育投資がなおざりとなっているからだ。むしろ、教育業界においては規制が強化され、利権を産みかねない状況だ。

 たとえば、2月6日に閣議決定された東京23区内の大学の定員抑制だ。大学は優秀な学生を獲得するために競争することで、レベルが向上する。大学経営者にとって最大の脅威は新規参入だ。今回の規制の結果、東京23区内の大学経営者は「ぬるま湯」の中で利権のおこぼれにあずかることができるようになった。業界団体は喜ぶが、国民は不幸だ。競争なくして、大学のレベルアップはないからだ。

 新規参入の規制が停滞を生んだ具体例を、医学部でご紹介しよう。

 表1は、2009年1月から2012年1月までの間に、大学病院に所属する医師が発表した臨床論文の数を示している。この調査は、当時、東京大学医学部5年生であった伊藤祐樹君が行った。米国国立医学図書館のデータベースを用いて、“Core Clinical Journal”に分類される論文の発表数を調べたものだ。論文数は各大学医学部の生産性を反映していると言っていい。

 結果は読者の皆さんの予想とは違うだろう。上位には京都大学、名古屋大学、大阪大学、金沢大学など西日本の大学が名を連ねる。もっとも多額の税金を投入されている東京大学の順位は5位だ。

 なぜ、こうなるのだろう。それは臨床研究に力をいれているのは国立大学で、予算規模が多いそうした国立大学は西日本に偏在しているからだ。

 国公立、私立を問わず、名門大学の多くは戦前に設立されている。官立大学に関しては、戦前、19の大学が存在した。このうち、戦後の3つの大学(京城帝国大学、台北帝国大学、旅順工科大学)は閉鎖、あるいは後継の組織に受け継がれた。残りの18の大学は新制大学へと移行した。

 このうち10校が西日本、8校が東日本に存在する。医学部に限れば、10校が西日本、6校が東日本だ。西高東低の配置になっている。

「中国に似ている」

 名門国立大学の偏在は、教育投資の地域格差をもたらす。2017年度の国立大学の運営費交付金ランキングでは、上位18位のうち17校は、戦前から存在する官立大学の後継大学が占めている。例外は、16位の鹿児島大学と50位の一橋大学だ。前者は旧制第七高等学校造士館で、ナンバースクールで唯一、戦前に官立大学に移行しなかった。後者は、戦前の官立大学で唯一、戦後、総合大学に改組しなかった。

 2017年度の国立大学の運営費交付金の総額は1兆925億円だったが、前述の18大学が受け取った金額は総額5470億円で、全体の約50%を占める。文部科学省に悪意はなかったにせよ、運営費交付金の分配を通じて、我が国の大学を格付けしてきたことがわかる。

 この18大学のうち、東京工業大学と一橋大学以外の16大学が医学部をもつ。

 この16大学のうち、東京から100キロ圏に存在するのは東京大学(前述の調査で5位)、千葉大学(9位)、筑波大学(34位)だ。

 一方、京都からおおよそ100キロ圏には京都大学(1位)、大阪大学(3位)、名古屋大学(2位)、神戸大学(10位)が存在する。さらに伝統的に京都の影響が強い金沢には、金沢大学(4位)が存在する。

 関西の人口は概ね首都圏の半分だ。ところが「名門医学部」の数は西の方が多い。関西と比較して、関東の医学研究は「ぬるま湯」と言っていい。臨床医学論文の生産性で大きな差がついたのも頷ける。

 実は首都圏での生産性が低いのは、臨床医学に限った話ではない。図1は東京都および政令指定都市における住民1人あたりのGDP(国内総生産)だ。東京都と大阪市が同レベルで、首都圏の4つの政令指定都市は、いずれも下位に位置する。

 この調査を担当した当研究所の研究員である坂本諒さんは、「首都圏って中国に似ているのですね」と感想を漏らした。人口が多いため経済規模は大きいが、生産性は低いというわけだ。

理系は金がかかる

 私は、首都圏の生産性が低いのは、教育に対する公的投資、特に高等教育への投資が少ないからだと考えている。国立大学が受け取る運営費交付金を、その大学が存在する都道府県の18歳人口で割った数字を、図2に示す。

 首都圏の低さが目立つ。全国最下位は埼玉県で10万円だ。トップの京都府の257万円のわずか4%である。東京に教育機関が集中しており、埼玉、千葉、神奈川の若者は東京の大学に通うという指摘もあるが、東京への投資は全国10位で、東京、千葉、埼玉、神奈川の4県を平均すると62万円で、全国平均の84万円を下回る。

 バイオ、医療、人工知能など先端技術を研究開発するのは、医学部や工学部など理系の学部だ。理系の学部を維持するには金がかかる。単科の国立医科大学である滋賀医科大学が、2017年度に受け取った運営費交付金は約57億円。文系の大学である一橋大学(約59億円)、医学部がない宇都宮大学(約55億円)と同レベルだ。

 このような大学の運営を税金に依存せずに行うならば、私立大学の医学部のようになる。6年間の学費は、もっとも安い国際医療福祉大学で1910万円、もっとも高い川崎医科大学は4716万円もする。これでは一般家庭の子弟は入学できず、競争は制限される。学生のレベルは上がらない。

 我が国の現状を考えれば、理系教育の充実には、どうしても一定の税金の投入が欠かせない。長期的には、このような投資が地域を発展させる。

「徳島」から傑出した人物

 その代表が徳島県だ。徳島県には、徳島大学と鳴門教育大学という2つの国立大学が存在する。中核は徳島大学だ。徳島大学の特徴は理系が強いことだ。

 徳島大学は、1949年に6つの学校を母体として設立された。この中には、戦前に四国で唯一設置された官立の医学専門学校(官立徳島医学専門学校)、および官立徳島高等工業学校が含まれる。

 徳島大には多くの税金が注ぎ込まれてきた。2017年度に受け取った運営費交付金は約127億円。全86国立大学中、23位だ。戦後生まれの大学に限れば、鹿児島大学、東京医科歯科大学、信州大学、富山大学、愛媛大学についで第6位である。

 徳島県は人口が少ない分、県民1人あたりが受け取る国立大学の運営費交付金は、京都府、長崎県、宮城県についで4位である。

 四国の若者は徳島大学入学を目指し、勉学に励む。卒業生たちを中心に、独自のネットワークが構築されている。

 大塚製薬、ジャストシステム、日亜化学、日本ハムは徳島発の企業だ。大塚ホールディングスの時価総額は、約3兆円。いまでも県内に本部を置く。日亜化学の元社員である中村修二氏は徳島大工学部OBで、2014年にノーベル物理学賞を受賞した。大物政治家も多い。三木武夫、後藤田正晴、仙谷由人らを生みだしている。さらに、高校野球界に革命をもたらした池田高校もある。わずか人口1万5000人の町の公立高校が日本一を目指したというのだから、常軌を逸している。

 かくの如く徳島から、多くの人材が輩出されている。もちろん、様々な要因が影響しているだろう。ただ、先立つものがなければ教育はできない。徳島大学に運営費交付金という形で税金が投入され、その波及効果の影響は甚大だ。この状況は首都圏とは対照的だ。

茨城県の運命を変えた「筑波大学」

 我が国の生産性を上げるためには、首都圏の教育投資の強化が欠かせない。東京23区内の大学の定員を抑制するなどもってのほかで、関東地方に海外から一流大学を招聘するくらいの覚悟が必要だ。関東地方の自治体関係者は、大学経営者や地方都市の反対に屈することなく、高等教育機関を誘致すべきだ。それが町興しにもなる。

 先行事例もある。それは茨城県だ。茨城県には茨城大学、筑波技術大学、筑波大学の3つの国立大学が存在する。この中で特記すべきは、筑波大学だ。2017年度の運営費交付金は、約407億円。東京大学、京都大学、東北大学、大阪大学に次ぐ5位だ。旧7帝大である九州大学、北海道大学、名古屋大学よりも上位に位置する。

 一方、茨城大学が受け取った運営費交付金は46位で68億円、茨城技術大学は81位で24億円だ。

 筑波大学の予算規模が大きいのは、医学部があるからだ。筑波大学は1973年に、東京教育大学を母体に開設された。その際、医学専門学群(他の大学の医学部に相当)も新設された。この結果、予算規模が大きくなった。

 この組織が茨城県の運命を大きく変えた。たとえば、筑波大学が位置するつくば市は、人口約23万人の大都市に発展した。筑波大学が受け取る運営費交付金の多くは人件費に充てられるから、学生を含む大学関係者、およびその家族だけで数万人が住んでいることになる。大学が地域経済を支えていると言っても過言ではない。

 2005年には東京の秋葉原との間に、つくばエクスプレスが開通した。さらに、2017年2月には圏央道の境古河ICとつくば中央ICの間が開通した。インフラが整備され、つくば市は地価が上昇している。

世界中からリクルートすべき

 以上の事実は、高等教育機関の誘致が地域の活性化に大きく貢献したことを意味している。茨城県の高校生は筑波大学合格を目指し、レベルアップしつつある。地域の人材の層は厚みを増した。量は質に転化する。やがて、この中から、新しい産業を生み出す人物がでてくるだろう。

 2017年4月、千葉県成田市に国際医療福祉大が医学部を開設した。これは成田市が誘致し、特区として認可されたものだ。医学部の誘致活動が始まった当時の成田市議会議長で、成田市の市議会議員を務める宇都宮高明氏は「人材こそ地域の財産。医を通じた人材育成は、つくば市が念頭にあった」と言う。

 シリコンバレーとスタンフォード大学、ボストンとアイビーリーグ、徳島と徳島大学。都市が成長するためには、高等教育機関が欠かせない。

 安倍政権が日本の発展を考えるなら、高等教育機関への投資を増やすとともに、民間資金を導入しやすいように規制を撤廃すべきだ。そして、世界中から優秀な学生と教師をリクルートすべきだ。学校経営者も学生も切磋琢磨し、レベルを上げればいい。地域格差対策の名を借りて、東京23区内の大学の定員抑制など、もってのほかだ。規制は利権を産み、地域は停滞する。ぬるま湯に安住してはならない。

上昌広
特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。
1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

Foresightの関連記事

史上初「神奈川県立病院機構」理事長「解任」を強行した黒岩知事の「暗愚」

福井市「在宅専門クリニック」で再認識した「教育」の地域格差

「医療再生」には「混合診療」規制を撤廃せよ

Foresight 2018年4月2日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。