日系メディアがミスリードする「ソフトバンク・サウジ」太陽光発電計画の「実相」
『Financial Times』(FT)在ロンドンのエネルギー担当記者であるAnjli Ravalが昨日(3月28日)の夜、「数人のサウジ・ウォッチャーがニューヨーク・プラザホテルでの深夜の記者会見に呼び出された。今回のサウジアラビアとソフトバンクの『相思相愛の響宴(love fest)』は、メガ太陽光発電プロジェクトだった」とツイートしていた。誰だったか記憶していないが、「サウジの要人たちは場所が変わっても、自分たちの生活スタイルを維持している」とつぶやいている人もいた。彼らにとって「涼しい真夜中」はワーキングアワーなのだ。
日系メディアで「呼び出されたサウジ・ウォッチャー」は皆無だったのだろう。『日本経済新聞』も『朝日新聞』も『NHK』も、海外メディア報道を読んで報じているだけのようだ。しかも、無意識なのだろうが、読者をミスリードする文面となっている。
内容について日経は「着手すると発表した」となっており、朝日は「明らかにした」、NHKは「合意しました」と報じている。あたかも「実行」されることが確実だ、という書き方だ。
一方、海外メディアは、『ブルームバーグ』(「Saudi Arabia and Softbank plan world’s largest solar project」東京時間3月28日18:02 updatd)は、「覚書(MOU)に調印した」としており、FTは「仮契約書(preliminary agreement)に調印した」(「Saudi Arabia signs Softbank deal to invest up to $200bn in solar」東京時間3月28日18時ごろ)としている。つまり、あくまでも方針や構想を両者が確認しただけであって、実行に移すために必要な、当事者を法的に拘束する「契約書」調印に至るまでは、これから多くの山坂があることを報じている。
今回の記者発表は、サウジ側にとっては、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子の3週間に及ぶアメリカ訪問の主目的である、昨年11月の「腐敗容疑」による王族や政府要人、あるいは「サウジのバフェット」を含む経済界の要人を拘束し、多くの「容疑者」を国家から盗んだ資産を返却することを条件に解放した事件がもたらした、海外投資家たちの、投資対象国としてのサウジに対する疑念、不安、不信を払拭する「作業」の一環だったのだろう。
ソフトバンクにとっても、FTが報じているように、「2015年から2017年にかけて、株主が取締役2人の解任を求めるキャンペーンを展開した時の首謀者が誰だったのか見つけ出そうとする内部調査を開始した」という後ろ向きのニュースが流れている中で、同社が先進的なIT産業への投資分野で世界最先端を走っていることをアピールする意義があるのだろう。
さらっとコメント
このニュースが伝えている、サウジ・ソフトバンク両者の太陽光発電プロジェクトなるものがいまだに「方針・構想」段階だと筆者が思うのには、いくつか理由がある。
たとえば、太陽光発電が機能するためにはバックアップ電源が必要だ。それが不要になるほどに「蓄電」技術が発展すると仮定することは無謀だろう。
また、送電網の整備など、発電以外の分野でもやらなければいけないことが多々ある。
さらに、筆者が常々疑問に思っている点につき、ソフトバンクの孫正義社長はさらっとコメントしているのも気になった。サウジ側はどう考えているのだろうか。
すなわち孫社長は、「このプロジェクトは拡大することによって追加投資資金を自ら生み出します」とコメントしているのだ(『FORTUNE』「Plans for the world’s biggest-ever solar power project are underway. Here’s what you need to know」3月28日8:09am EDT)。
ムハンマド皇太子が推進しているサウジの経済改革「脱石油化」は、結局は国家財政の核を「石油収入」から「配当金収入」に変えることを目指しているものと読めるのだが、投資から得られる収入を「配当」だけでなく「再投資」に回すことこそが健全な事業経営だ。「再投資」をした上でなお、国家財政を支えるのに十分な「配当金収入」を得ることは、孫社長がさらっと言うほど容易ではないだろう。
さて、まずは2019年に7.2ギガワット(GW)の発電容量を持つ太陽光発電を実現するという当該プロジェクトが、今後どのような展開を見せるのかを期待しながら、ここではFT記事の要点を次のとおり紹介しておこう。
投資を呼び込むため
■サウジは日本の巨大な投資会社ソフトバンクとともに、2030年までに2000億ドルを投じて、サウジ国内に世界最大の太陽光発電を建設するプロジェクトに参入する。
■サウジのムハンマド皇太子は、ソフトバンクの最高経営責任者孫正義氏と、1億5000万戸に電力を供給できる200GWの発電容量をもつ太陽光発電所をサウジ国内に建設する仮契約(preliminary agreement)に調印した。
■「これは人類の歴史の中で極めて大きなステップだ。大胆でリスキーだが、成功することを望んでいる」とムハンマド皇太子は火曜日、ニューヨークのプラザホテルでの記者会見で語った。
■孫氏は「皆さんは、このようなサイズのものはいまだに目にしたことはないでしょう」と語った。さらに、10万人の仕事を生み出し、電源燃料の石油を太陽光が代替することで400億ドルのコスト削減ができる、とも語った。「王国には十分な太陽光と、土地があり、優秀なエンジニアがいる」
■第1段階では約50億ドルを投じて今年中に建設を開始し、2019年に7.2GWの発電容量を作り出す。両者で約10億ドル拠出し、残りは外部から資金調達する予定だ。
■この発表は、脱石油経済化を図り、技術的に先進的な、民間主導の強力な国家に生まれ変わらせようとしているムハンマド皇太子が、海外からの投資を呼び込むべく米国中を訪問している中で行われた。IT企業への投資を目的とする1000億ドル規模の「ソフトバンク・ビジョン基金」に、すでにサウジの「公共投資基金(Public Investment Fund)」から450億ドルの資金を得ているソフトバンクが、サウジとの関係をさらに強化する狙いがある。
■当該太陽光プロジェクトは、国内産業を振興し、太陽光発電パネルの国産を始めさせ、蓄電システムの開発や当該分野での調査研究を推進することも目指している。
■サウジ高官たちは火曜日、攻撃的な外交政策と、(昨年11月に)ビジネスマンや要人たちを拘束したことから、海外投資家の間でサウジへの投資に疑念が生じている中で、ニューヨークに米国経済界の要人を集め、サウジへの投資を勧誘した。
■皇太子は当該契約調印に先立って月曜日に孫氏と面談し、火曜日には米サ経済界要人との夕食会に出席した。政府高官たちは、ウォール街の金融関係者を含むこれらの会社と個別に面談を行うものと見られていた。
■ムハンマド皇太子は、経済大改革を行い、外国からの資金とノウハウを持ち込んで観光業、IT産業、ロジスティック産業や娯楽産業の発展を目指している。
「ぼんやりとした影」が落ちるソフトバンク
■「サウジは歴史上、もっとも重要な変革期にある」と、商業投資大臣であるマージド・アル・カサビーは、ニューヨークのゴッサムホールに集まった米サの高官、経営者の前で述べた。
■彼は、海外からの投資がサウジ経済のドアを開ける役割を果たすべきで、サウジの地理的立ち位置(geography)を、アフリカからアジアなどの市場への入口として利用でき、「サウジは国際企業のプラットフォームたりうる」と述べた。
■皇太子が経済大改革のための原動力としている公共投資基金とソフトバンク・ビジョン基金は、それぞれの段階で太陽光発電事業に10%ずつ投資し、残りはプロジェクト・ファイナンスで資金調達する予定となっている。
■ソフトバンクの億万長者創設者である孫氏は、2011年の原発大惨事事件以降、声高く再生エネルギーの重要性を唱えており、グループはこれまで日本全土の太陽光発電に巨額の投資を行っており、インドの太陽光発電産業にも200億ドルを投資すると誓っている(pledge)。
■このサウジにおける最新の投資は、ソフトバンクが2人の元役員がインサイダー取引に関与していたとする株主のキャンペーンを始めたのは誰かを追求する内部調査が始まった中で行われた。
■この調査は、サウジの財務的支援を得て、先駆的技術を必要とする世界で有力な投資家となるべく努力している、IT技術からテレコムにまたがるコングロマリットに、ぼんやりとした影を落としている。(岩瀬 昇)
Foresightの関連記事