視聴率度外視で三島ワールドを爆発させるテレ東BS「命売ります」(TVふうーん録)

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 少し前に、書店で衝動買いした文庫本がある。手書き風の帯には「隠れた怪作小説発見!」の文言が。書店が独自につけたのかと思いきや、ちくま文庫がつけたようだ(底本は新潮社の全集だそうで)。三島由紀夫の『命売ります』である。読み始めたら、確かに止まらなかった。ぜひドラマ化してほしいと思っていた。

 BSジャパンがドラマに力を入れ始めているなと感じていた矢先、この素晴らしき三島作品をドラマ化すると知り、大人げなく心躍ったのが昨年末。はたして、その出来は……。ということで、平昌オリンピックも地上波ドラマの話題作もそっちのけで、お届けします、中村蒼主演の問題作を。

 広告代理店に勤めるコピーライターだった中村は、虚無感に襲われ自殺願望にとりつかれる。敢行するもことごとく失敗。どうせだったら命を売って商売にしてやろうと思い立ち、開業。その名も「ライフ フォー セール」。原作では、謎の秘密組織が絡みつつも、デカダンス&ウィット&ミステリーに満ちた展開だった。

 このせっかくの三島感というか、原作に漂う頽廃(たいはい)的な雰囲気があったのは第2話まで。それ以降はすっかり平成ナウオンタイム。しかも中村は、死ぬどころか性的サービスに従事させられるデリヘルボーイと化していた。まあそれはそれでいいけれど。エロス&タナトスを描くドラマが皆無になっちゃった時代だから。

 依頼人たちはただ中村に死を求めるのではなく、誰かへの悪意や復讐を所望してくる。そこにゲス不倫の写真バラ撒きだの、ブラック企業だの、男の金と命を奪い取る毒婦だのと、平成のキーワードが入り込む。

 うーん。原作の背徳感や淫靡(いんび)さが足りず、なんか違うよなぁと舌打ちしながらも、中村の虚無感が意外と世相を斬る現代劇にもマッチするなと思い始めてきた。

 第5話は単純に楽しんだ。中村がブラック企業に入って自殺することで、会社の体質を変えたいという依頼人の大谷亮平。中村は入社するも、部下を管理できない大谷自身が問題だと看破。部下の矢本悠馬を諭すも、中村の思惑通りにはいかず。皮肉なラストが集団心理の残酷さと浅墓さを描いていた。なるほど、と唸った。

 死を渇望する割に、毎回お決まりで死に損なう中村。人生すべてが思い通りにはいかない無様な感じがいい。死なないヒーローはたくさんいるが、死にたくても死ねないヒーローって希少だよね。ヒーローと呼ぶほどカッコよくはないけれど。

 初めは依頼人だった前田旺志郎も、すっかり中村になついちゃって。なんだか可愛いぞ。まえだまえだ、大きくなったなぁと感慨深さも相まって、愛着がわく。

 当初、期待していた三島感は、ナレーション&挿入歌の美輪明宏で我慢しよう。初回に登場した謎の老人・田中泯は、オープニングで舞踊も見せるトリッキーな立ち位置。きっと最終回に向けて絡んでくるのだろう。

 結論。案外好きだ。高視聴率または話題沸騰で大成功とは程遠いが、BSジャパンの「文芸路線への微妙な固執」を心から応援する。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2018年3月1日号掲載

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