独りでは生きていけない――KEIKOと同じ高次脳機能障害のルポライターの「セルフ取材」闘病記

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 小室哲哉さんが、週刊文春に不倫疑惑を報じられたことをきっかけに、引退を発表した。引退発表の会見では「高次脳機能障害」を抱える妻のKEIKOさんの介護についても話が及んだ。KEIKOさんは2011年にくも膜下出血で倒れ、現在も療養中。小室さんはKEIKOさんの病状について「高次脳機能障害ですか。脳の障害ということで、残念ながら音楽に興味を持つということは日に日に減ってきて、ほぼ歌うことはなくなりました」と明かし、「僕から見る限り、女性から女の子、みたいな…。会話のやり取りというのが日に日にできなくなってきて、ちょっと僕も疲れ始めてしまったところは3年前くらいからあったと思います」と語った。

「高次脳機能障害とは、脳梗塞=脳の血管に血の塊が詰まって脳細胞が損傷することで起きる障害の一群で、手足など身体の麻痺とは別に様々な問題が起きてくることを言います。

 例えば記憶障害・注意障害・遂行機能障害・認知障害等々。身体の麻痺などのように一見して分かるものではないために『見えない障害』『見えづらい障害』等とも言われ、本人にも周囲の家族にも、医師にすらなかなかその障害の実態が分かりづらいという側面をもっています」と解説するのは、ルポライターの鈴木大介さん。鈴木さんは、2015年初夏、41歳の時、脳梗塞を発症し、その後、高次脳機能障害が残った経験がある。

 職業柄、自身(の脳)に起こった変化を発症直後から客観的に観察することができた鈴木さんは、自身の体験を綴った著書『脳が壊れた』を出版。発症直後の不可思議な体験がユーモラスに綴られている同書には、歌が歌えなくなったというエピソードや、「男の子」に戻ってしまった自身の体験が綴られている。(以下、同書より抜粋)

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「こやけぇの」が歌えない

 人の言葉とは、微妙な強弱や高低、イントネーションをもって、正しく意味が伝わるものだ。

 だが病後の僕はこの音の高低がつけられなくなり、高い音を出そうとすると、声がかすれてしまう。無理に出そうとすれば、なぜか顔が上を向いて鼻の穴が開き、鼻の付け根にはしわが寄る。

 わかりやすく例えるならこれはリコーダーの穴だ。コントロールすべき穴が一つ制御を外れれば、狙った強さと高さの音は出なくなってしまう。

 もちろん音の高低が作れないということは、歌を歌うこともできないということ。病院の敷地内を妻と歩きながら、「赤とんぼ」を歌おうとすると、こうなった。

 まず夕焼けの「ゆうやーけ」で挫折。呼気の量が足りないために「け」まで一気に発声できず、「や」の前に息継ぎしないといけない。音程も微妙に狂っている。

 深呼吸して、「ゆう(息継ぎ)やーけ(息継ぎ)」まで歌えても「こやけぇの」は絶対に無理。一発で正しい音程を出すためには、通常の5倍ぐらい歌のテンポを遅くするか、鼻孔に空気が逃げないように鼻をつまんでしまわなければならない。

 さらに頑張って「あかとーんぼー」まで歌うと、なぜかブワッと涙腺が開いて涙があふれだしてしまう。

 なんじゃこれは。

 涙腺崩壊の理由はわからないが、そもそもこれは発声に必要な筋肉の麻痺であり、手指の麻痺と同じで、反復練習でリハビリしていけば容易に改善するはずだ。僕も発症から3カ月、夏が終わるぐらいまでは、そのように思っていた。

 が、それは大きな誤算だった。

 結果から言うと、僕の中の「話しづらさ」は、口周りの麻痺が改善しても、それどころか病後半年以上を経て、こうして闘病記の仕上げを書いている発症7カ月半の今も残り続ける、最も苦しい後遺症となった。

 僕の中には、「見えづらい障害」と言われる高次脳機能障害の中でも殊更に見えづらい、一つの大きな障害が残ってしまっていたのだ。

ポケットの中身も小学生男子

 早朝6時から病院の敷地を徘徊(ウォーキング)しながら、ぼくは小学生に戻った。路上に何かを見つけるのは当然右方向なのだが、病前なら絶対に見つけなかっただろう物が、次々に興味深く僕の視界に入ってくるのだ。

 おかしな形の壁のシミに、何かモチーフを求めたくなる。工事の人がつけただろう縁石の赤い矢印マークは、もれなく追いかけたくなる。ホラーゲームの研究所に出てきそうな錆びたドアと、同じく錆びた番号キーの操作パネルのある小さな建物に、バイオハザードのマークを発見して有頂天になる(医療廃棄物の保管庫であった)。「リネン室(不潔)」というパネルを見て、思わずなぜかニヤつきが止まらなくなる。

 1時間も歩くと、ポケットの中も小学生男子になった。夜のうちに敷地の街灯に飛来したであろうノコギリクワガタ♂の死体。ちょっと潰れたコクワガタ♀の死体。分厚いガラスの欠片(たぶん自動車の割れたフロントグラス)。ビー玉大、ビー玉小には緑の見事なビードロ模様。思えば40歳も越えた歳なのに、僕はビー玉の製造過程でどのようにしてこんな美しいビードロ模様をつけるのかを知らない。用途は不明だがきれいな立方体に作られた真っ黒なゴムの塊は、拾い上げるとズシっと思いがけない質量で、握っているだけで何か身体の中から力が漲ってくるような不思議な気分になった。

 盛夏の早朝、こんな収穫物をブロック塀の上に並べる僕を、出勤してきた病院職員たちは奇異の目で見ていく。ふふふ、「大人め」、この楽しさ、この好奇心にあふれた視野、貴様らの健常な脳みそではわかるまいよ。

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 その他にも、「左方面を見ることができない」という症状や、感情失禁という感情を制御できない症状など、さまざまな怪現象や後遺症に苦しみながらも、リハビリがうまくいったこともあって、鈴木さんは現在は仕事に復帰している。2月には『脳が壊れた』の続編として『脳は回復する―高次脳機能障害からの脱出―』という、高次脳機能障害当事者のフィルターを通して見える世界を読み解く本を刊行予定だ。

 鈴木さんは『脳が壊れた』のあとがきで、「僕自身、脳梗塞後に残る高次脳機能障害としては非常に軽度の症状ですが、理解して支えてくれる妻や義母、友人と取引先の担当編集さんらがいなければ、本当にあっさりと生きていく方を諦めたかもしれません。

 僕らはもう独りでは生きていけません。独りでいることは、死に直結するリスクです。だから面倒くさくても、何を言っているのかわからなくても、そばにいて、壊れてしまった自分を許容してくれる誰かが必要なのです」と、周囲の人々の支えの大切さと、その人たちへの感謝を述べている。

デイリー新潮編集部

2018年1月31日掲載

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