東スポ「中日・岩瀬の移籍拒否」報道 日ハムはなぜ諦めたか?
東スポ伝説
東スポだから――、という気持ちは分からぬでもない。1面で報じたとはいっても、東スポの1面には、宇宙人あり、ネッシーあり……。名誉毀損で訴えられて「東スポの記事を信用する人はいないから名誉毀損には当たらない」と主張したというのは、もはや伝説である。自ら「東スポ伝説――一面見出し、そこは一行の劇場だ」(東スポ探検隊:編/1991年)」という書籍を出版したこともあった。
しかし時として、どこも報じていない真実を、サラッと記事にするのも、また東スポなのである。
「そうなんです。しかし、球団のプロテクトリストは絶対的に非公開です。その裏付けがなければ、どこも追えないんですよ。ただし今回の報道は、本当の話ではないかと言われています」(前出記者)
岩瀬といえば、昨季は球界新記録となる950試合登板を記録し、4年ぶりに50試合に登板してカムバック賞も受賞した名選手である。その岩瀬をプロテクトリストに入れていなかったとなれば、本人はむろんチームメイトもショックだろうし、なにより中日ファンが許さない。そんなことがあるはずがないと思いつつも、不審な点が多いともいう。
「東スポも書いていますが、そもそも中日から日ハムにプロテクトリストを渡されたのは昨年(2017年)12月20日なのですが、この時に日ハムの吉村浩GM(53)はこう言っているのです。『インパクトがあった。調整が必要で、時間がかかるかもしれない』と。これが何を意味するかと言えば、“岩瀬の名がない”と言うことだったのかもしれません。人的補償を臭わせていましたからね。それから金銭補償にすると発表したのが1月14日と、確かに時間がかかりすぎている。この時に吉村GMは『熟考の末です。(理由は)お答えできない』とまで言っていました」(前出記者)
さらに不審な点があると言うのは事情通だ。
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