現代が抱える問題を上手に反映した日テレにうなる「先に生まれただけの僕」(TVふうーん録)

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 私の父は裕福ではない農家の息子だった。学費全額免除の特待生として私立大に入ったが気に食わず、改めて国立大学を受け直した。そのときに奨学金制度を利用した。父は27歳で結婚し、30代に入ってもまだ奨学金を返済していた。新聞社へ入社し、かなりの月給をもらっていたから、生活を圧迫するほどの負担ではなかったと思うが、それにしても長期間だ。父自身は忘却の彼方なのだが、母も私も記憶がある。奨学金は若者の夢を叶(かな)える入口でありながら、長期借金返済生活への入口でもあると知った。

 そんな奨学金の現実的な壁を入れこんだドラマがある。「先に生まれただけの僕」だ。主演はいい感じで中年の哀愁を身につけた櫻井翔。大手総合商社に勤める敏腕営業マンだったが、社内の派閥闘争に敗れ、赤字部門の経営立て直しを命じられる。それが高校だ

 ビジネスの理論を振りかざし、教員たちからは総スカンを食らうも、悩み苦しみながら小さな波紋を呼ぶ。この、小さなというのがポイント。櫻井本人が投じるのは、あくまで小石。大きな波紋は、教師や生徒たちが広げていくという展開だ。

 櫻井の言動に初めは反感を覚えていた教師・蒼井優も、次第に教員として、いや女としても覚醒していく。内向きだった英語教師の瀬戸康史も、学生時代に学んだ「アクティブラーニング」を披露し、自信を取り戻す。

 櫻井を最も毛嫌いしていた、いわば抵抗勢力の教師3人組(池田鉄洋・秋山菜津子・荒川良々)も、ちょいちょい抵抗しつつ、次第に軟化して迎合していく。

 実際、生徒たちも徐々に感化され、偏差値が低い不人気校を脱すべく、自主的に動くようになってきた。

 日テレがよくやる学校改革モノだが、今作は破天荒や奇抜な設定の人物は出てこない。独裁女教師も35歳の高校生も演説上手な女子もいない。櫻井はやり手ビジネスマンといえど、普通に逡巡する。上司(威厳・悪意・滑稽の最適配分を顔で表現する高嶋政伸)に謀(はか)られていても気づかず。案外うっかり八兵衛的なのだ。

 このドラマの長所は「子供が大人に突きつける難問集」の要素である。冒頭の奨学金だが、「借金を背負い、長期間支払いに追われるが、それでも大学に行くべきか?」という問題点に真摯(しんし)に向き合う回があった。

 それだけではない。「高校生を子供扱いするか、大人扱いするか」「生活に関係なさそうな教科を勉強する必要があるのか」「授業内容に関することをなぜスマホで調べてはいけないのか」「大学に行かずに結婚してはいけないのか」など、大人が明確な回答を言語化しにくい、そして正解がひとつではないような質問が毎回織り込まれているのだ。

 おかげで思い出した。高3の時、確率・統計の試験で赤点を取り、教師から大学受験日前日に呼び出され、「人生に確率・統計は必要です」と言われて、1ミリも納得できなかった自分を。

 櫻井や教員が捻(ひね)り出す回答も興味深いし、平成の高校生の生の声や温度も伝わってくる。「今」を切り取ることに最も成功した秀作だ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2017年12月14日号掲載

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