「イチロー×アインシュタイン」の弟子志願者に困惑  ビートたけしの大正論

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減った「“弟子”出身者」

 2017年の「M‐1グランプリ」で優勝したコンビ、とろサーモンは吉本興業の養成所、NSCの出身。落語の世界を除くと、このように師匠を持たない芸人が大勢を占めているのは今では常識だろう。歴代のM‐1優勝者も養成所の出身者などで占められている。

 そんな中では、つい最近まで数多くの弟子をとってきたビートたけしは例外的な存在かもしれない。一番多い時は50人以上も弟子がいたというのだから物凄い。

 最近は年齢のせいもあって、弟子をとらなくなったというのだが、それでもたまに「志願者」が連絡してくることはあるという。もっとも、このご時世にわざわざ弟子入りを志願するだけあって、かなり変わった人が多いようだ。新著『バカ論』から、驚愕の弟子入り志願者のエピソードと、たけし流の「弟子論」を紹介しよう(以下、引用は同書より)

天才?弟子志願者

 たとえば、ある弟子志願者の手紙はこんな調子だったという。

「僕はイチローならびにウサイン・ボルトと同等の運動神経を持ち、かつ、アインシュタインやファインマンに比肩する頭脳を持った男です。

 お願いですから、たけしさんの漫才の弟子にしてください」

 怖ろしいまでの才能を誇る人物からの連絡には、さすがにツッコミを入れざるをえなかったようだ。

「だったらお前、他にやることあるだろう。

 イチローやボルトの運動神経があって、アインシュタインとファインマンの頭脳があったら、漫才なんてやらないだろう。

 これには笑ったね。バカ言ってんじゃないとか、そんなレベルじゃない。

 面白いのは、アインシュタインはともかくファインマンなんて言うところ。『なんでファインマンだったんだろう?』なんて、思わず考え込んじゃった」

飲んでいても芸人にはなれない

 こういうおかしな志願者が増えたことも、弟子を取るのをやめた理由の一つだが、それ以外にも、うんざりすることがあったという。

「それまでは、弟子と認めた瞬間に、事務所から最低10万円は渡すようにしていた。付き人の仕事さえやっていれば、芸人としての仕事があってもなくても月10万円。

 それでも、頭に来てクビにすることがあった。

 そいつがモノになるかどうかというのは、そいつが裏で何をしているか、たまに抜き打ちで電話してみれば一発でわかる。

『おい、たけしだけど、今何やってるんだ』

『中野で友達と飲んでいます』

 その瞬間に呼び付けて、

『お前、事務所からただで金をもらって、よく友達とドンチャン騒ぎをやれる根性があるな。それができるなら、うちの事務所じゃなくて、よそで勝手にやってくれ』」

 プライベートで自由に飲むこともままならないとは厳しすぎないか――そう思われるかもしれないが、そこにはこんな考えがある。

「そういう奴は大体『俺はたけしの下で働いている』なんて威張って飲んでいるに決まっている。その根性が嫌なんだ。飲むのは別に構わないけど、頼むから自分の部屋とか目立たないところでやってほしい。

 結局、そういう奴は、芸を身につけたいのでもないし、芸人になりたいわけでもない。芸人の世界の仲間入りをしたいだけなんだね。

 芸事を勉強しないで、ネタもつくらず、芸人仲間と飲むのが一番楽しいなんて奴が結構いる。『兄さん、兄さん』とおだてて、毎晩のように先輩芸人におごってもらったり。

 そいつらにとっては、芸をきちんと教えてくれる師匠より、金をくれたり、飲ませてくれる師匠の方が大事。

 困ったことに、東京にいれば、おいらの弟子というだけで顔がきく。

 知らないところに飲みに行っても、おいらのファンの人がいれば、何だかんだ言って飲ませてもらえる。『マスター、こいつ、たけしの弟子だから飲ましてやって』とか」

 こういう「甘え」が許せないし、本人のためにならないから厳しくあたるということのようだ。弟子をとらなくなった今でも、たまに「どうしたら漫才師になれますか?」といった質問を受けることがある。この問いに対してはこう答える。

「漫才師になるために金を払って学校に入る奴もいるけど、おいらの場合は、流れ着いたところがたまたま芸人だったというだけ。結果的に漫才師になっただけで、なろうと思ってなったわけじゃない。

 大学の機械工学科でレーザーの研究をやろうと考えていた男が、なんで漫才師になったのか――それをまともに説明できる理由なんか、いくら考えてもないんだ。

 挫折して挫折して、折れて折れて、辿り着いたのが浅草で、そこで偶然漫才師になった。おいらはそうやって流れ着いたけど、時代も状況も文脈も違う奴らに『どうすればなれますか?』と聞かれても、答えようがない」

 なろうと思ったら必死で精進しなければならないが、なろうと思ってなれる仕事でもない。なんだか禅問答のようだけれども、そのくらい厳しい世界だということなのだろう。

デイリー新潮編集部

2017年12月9日掲載

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