寄り添い、寄り添われるという関係性 深い悲しみを通して描く「コウノドリ」第5話

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「寄り添ってもらえている」という患者の実感

「寄り添う」という言葉を、たびたび私は本作レビューで用いてきたし、これまでの放送では、医師側が「患者に寄り添う」様々なアプローチが描かれてきた。しかし今回は、患者が「医師に寄り添ってもらえている」という実感をしっかり得たことで、我が子の死産という現実を受け入れることができた、相互的な心の交流に気づかされた。患者が医師に何を期待していて、どのように接してもらうことが心の安息につながるのかが見えた回であった。

 あかりちゃんの沐浴に立ち会うサクラ。その様子を見ていた下屋は、かたわらの新生児科の医師・白川領(坂口健太郎)に「患者さんに寄り添うって、どういうことだろうね」と小さくつぶやく。下屋はサクラの姿を見て、自分ももっと患者である親たちと「共にある」気持ちを大切にしなければならないと気づいたのだろう。

 大松夫妻へ、意を決して手紙を書いている下屋に、声をかける四宮春樹(星野源)。サクラが患者に謝罪したことについて「俺なら絶対に頭を下げない。次の出産に向けて綿密な計画を練るだけだ」という四宮の言葉には、彼なりの患者への誠実な寄り添い方が表れていた。対照的に見えるサクラと四宮の姿勢は奥底でつながっている。そこから下屋は「では自分はどうするべきか」という問いかけを受け取ったことだろう。下屋の誠意ある手紙が通じ、大松夫妻は息子の手術を承諾した。産科から新生児科へ、命のバトンが渡された際の描写に、下屋や白川が踏み出した確かな一歩を感じた。

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