聖人君子な黄門様像をぶち壊す武田鉄矢 「水戸黄門」(TVふうーん録)

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「武田鉄矢が黄門やるってよ」というニュースをネットで観たときに「あらやだ、全国各地で説教を垂れ流す黄門の誕生ね」と勝手に想像した。鉄矢のイメージが一に説教、二に説教、三四がなくて、五にハンガーだったもので。言っておくが、嫌いじゃないよ、鉄矢の説教。漢字や熟語の解説を含めた人生哲学、苦労話をベースにした家族愛、昭和の時代は熱血、平成の時代は厄介。そんな鉄矢を疎(うと)ましく思いつつも、平成ドラマ全体を引き締める功績には感服するときもあるから。

 今秋始まった「水戸黄門」を観て、正直驚いた。過去、こんなに邪険に扱われた黄門様がいただろうか。

 政治の世界から退き、日本史編纂と農耕生活に身を置く、鉄矢演じる水戸光圀。ところが、ひょんなことから裏帳簿で私腹を肥やす輩(やから)の存在を知る。八戸藩家老で至宝の悪人面・石橋蓮司だ。さらに、蓮司のバックには将軍御側御用人の袴田吉彦がいる。巨悪を暴くために立ち上がる鉄矢。嫌がる助さん(財木琢磨)と乗り気ではない格さん(荒井敦史)を連れて、水戸から八戸へと旅立つのだ。

 しかし、侍としてのプライドと血が滾(たぎ)る若き助さんは、鉄矢に仕えることがそもそも不服。しょっぱなから鉄矢を老人扱いし、文句たらたら。第2話ではなんと「くそじじい」扱い。そんな助さんをなだめつつも、仕事と割り切って諦める格さん。なんというか、ふたりともノーリスペクトなのだ。

 鉄矢も鉄矢で、清く強く正しく、ではない黄門像を遂行。初登場はほっかむりに泥まみれ、鼻の穴に指を突っ込んで出てきちゃって。黄門様の威厳もへったくれもない。「方向性は悪くないが、さすがにやり過ぎよ!」と思ったが、その過剰演出払拭のためか、一瞬だけにササッと編集されていた。

 また、鉄矢は食べ物に目がなく、道中では寄り道して名物を頬張り、旅先の人んちでは図々しく名産や貴重な食糧を所望する。福島県で相馬漬けを食べる際には、白飯までさりげなく要求する鉄のハート。武士のプライド、ゼロである。

 さらには、大八車を避(よ)けることができず無様に倒れる鉄矢。腰を痛めて、助さんにマッサージを要求(そのたびに助さんは嘲笑・舌打ち・不平不満)。鉄矢も大人げなく甘えまくる。威厳ゼロ。なんだか胸がすく。あれ? 「水戸黄門」は悪者を平伏(ひれふ)させる快感が見せ場なのに。鉄矢に対する不服従とぞんざいな扱いに快感を覚えるとは。珍味だね。

 厄介な老人が本能の赴くままに振る舞う姿に、拒否反応と抵抗、そして諦観を学ぶ若者たち。人という字は支え合うのではなく、突っぱね合うと知る。そうそう、毎回鉄矢の四字熟語実用講座もちゃっかりあるよ。

 業の深い黄門像は回を追うごとに加速。旅先の賭場でうっかり興奮しちゃって、一行が素寒貧、なんて生臭いシーンもあって憎めない。

 唯一、鉄矢をリスペクトするのは風車の弥七・津田寛治。絶滅寸前の気障(きざ)と八面六臂(ろっぴ)の活躍ね。由美かおる的要員として、篠田麻里子がひと肌脱ぐそう。ところで入浴シーンって必要? 

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2017年11月2日号掲載

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