「若嶋津」健康サポートでも壊れた「高田みづえ」の「硝子坂」

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 元アイドルが久々に登場したのは、 ハレの場ではなかった。夫の元大関「若嶋津」(60)が倒れ、一時は重体になるなかで姿を見せた高田みづえ(57)。夫の健康サポートに心を砕いてきた彼女に、それは予期せぬ「硝子坂」だった。

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 1977年に発売された高田みづえのヒット曲「硝子坂」。煎じ詰めれば、「あなた」との間に「硝子坂」が立ちはだかり、離れる決意をするという内容だ。

 もっとも、高田みづえと元若嶋津の二所ノ関親方との夫婦間に「硝子坂」はなく、部屋の近くの居酒屋の店主によれば、

「本当に仲のいい夫婦で微笑ましいんです。週に1回は、みづえさんと二人で普段着で来られ、2時間くらい食事して8時ごろには帰っていきます」

 だが10月19日の夕方、親方が倒れた。サウナで倒れ、仮眠したのち自転車で帰宅途中にまた転倒。脳挫傷を起こしたのだ。一時は重体と伝えられたが、

「みづえさんにメールすると20日午後3時ごろ、“命に別状はない”と返信があって安心しました」(同)

 ひとまず「硝子坂」は避けられたのだ。その日、親方が訪れていた「船橋温泉 湯楽(ゆら)の里」という施設の従業員は、こう話す。

「部屋からうちまで2キロほど。親方は本場所でなければほぼ毎日、朝稽古が終わった9時ごろからジャージにサンダル姿で入浴に来て、1時間ほど風呂に入って軽食を食べ、 帰っていました。健康のためで、ジョギング姿もよく見かけました」

 先の居酒屋の店主も、

「親方はお酒は、安納という芋を使った焼酎をロックで5、6杯、おかみさんもビールや焼酎を飲む。でも揚げ物は一切食べず、野菜中心で、煮物や魚の煮つけが中心。とにかく健康には気をつけていて、健康診断やがん検診も欠かさず受けていると言っていました」

 そう語る一方で、

「実は、倒れる10日くらい前、親方が一人で店に来たとき、目が赤く疲れている様子だったので、注意してくださいと言ってタクシーに乗せまして、 その数日後、夫婦で来たときおかみさんに、親方が疲れているみたいだと伝えていたんです」

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