旧日本軍の潜水艦が沈めた「原爆運搬」米艦 両艦長の知られざるドラマ
回天を待機させて
伊58は、午後11時に深さ19メートルから夜間用の潜望鏡を上昇させた。水面すれすれで周囲を見回すと視界はかなり良くなっており、艦はエンジンを駆動すべく浮上する。と、その時、
〈艦影らしきもの左90度〉
艦橋に駆け上がった航海長が叫び、慌てて橋本が水平線に双眼鏡を走らせると、
〈まさしく黒一点。月光に映える水平線上にはっきりと認められる。もう点より大きい。間髪を入れず“潜航!”と鋭く下令する〉
のちに橋本は、そう回想記で綴っている。
こうして伊58はインディアナポリスを発見し、攻撃態勢に入っていった。橋本はこの時、相手の正体がつかめなかったものの、米軍が制海権を握る海域だったことから「敵艦」と判断している。午後11時9分、橋本は「発射雷数6」と命令し、全管の魚雷6本を連続発射することを決意した。
同時に、乗艦していた特攻隊員にも、回天に乗って待機するよう命じた。もし魚雷が命中しなければ出撃を命じることになっていたのだ。もっとも橋本自身は回天には批判的で、むしろ邪道であると考えていた。魚雷に自信を持っていたこともあり、
「早く出撃の命令を」
と執拗に迫る特攻隊員にも容易には命令を下していない。
午後11時26分、橋本は「発射はじめ」と命令。続く「用意、撃て」を以てボタンが押され、魚雷は次々と発射されていった。3発が命中して敵艦は少しずつ傾いていくが、沈没には時間がかかりそうだった。
昂ぶった特攻隊員は、
「沈まないならば出してくれ」
そう涙ながらに訴える。橋本は考えた。敵は停止しているので暗くても命中は難しくはない。だが回天は一度出せば収容はできないから、やはり出すわけにはいかない、と。
敵艦は魚雷攻撃にさらされるうち、やがて伊58の潜望鏡から消えていった。沈めたのは戦艦か巡洋艦か、米海軍の艦艇写真や図と照らし合わせ、橋本は「アイダホ型戦艦」であるとみて、艦隊司令長官に報告したという。
こうした回想にふれると、橋本をはじめ乗員が、敗色が濃い日本軍にあって勝利という特別の感情を味わったことが伝わってくる。
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