「慰安婦」問題をより広い視点で見るとどうなるか
「日本軍は異常だ」でいいのか
日韓の間では、いまだに慰安婦問題がくすぶり続けている。正確に言えば、政府間では「最終的かつ不可逆的」に解決したはずなのだが、納得しない国民と、それにおもねる政治家が隣国には少なからずいる、ということだ。
この問題をさらに複雑にしているのは、日本にもまたそうした動きに共感、あるいは同調する人が一定数存在するということだろう。
一時期は、日本(軍)が強制的に女性たちを連行したか否かという点が論争の大きな焦点になっていたが、朝日新聞が誤報を謝罪したこともあって、現在ではここはあまり問題とされていない。ただし、そうはいっても、慰安所という軍事売春施設そのものが女性への人権侵害である、という批判は根強い。実際に、仮に現代の軍隊が派兵先にこのような施設を作ったら、国際的に強い批判を浴びることは間違いないだろう。
だが、だからといって、日本軍の「女性への人権侵害」のみをクローズアップして議論するだけでいいのだろうか。
『こうして歴史問題は捏造される』の著者である有馬哲夫氏は、歴史研究のために世界各国の公文書館や図書館に出向いていくうちに、多角的な視点を得るようになった、という。「欧米の軍隊と性」に関連した研究成果などを踏まえると、日本の「慰安婦問題」も別の見え方がしてくるからだ。
たとえばどういうことか。同書をもとに、以下、当時の軍隊と性の問題を見てみよう。
「慰安婦」を殺したドイツ軍
まず、同盟国だったドイツ軍の「軍事売春」とはどのようなものだったか。
ドイツ軍の「軍事売春」は、占領地域によって実態が大きく違った。フランス占領の際には、すでに現地にあった売春施設を使った。ただし、性病チェックは軍が行ない、施設内の規則も軍が決めた。性病の防止と軍の規律維持という点からこうした介入が必要だったのだ。
日本軍も同様の関与はしており、比較的懐柔的なアプローチといえるが、これはドイツに協力的なヴィシー政権への配慮からである。
これがポーランド占領時のドイツ軍ではまったく様子が異なってくる。
ドイツ軍は既存の売春施設を利用したうえで、足りない分は、女性の囚人を充当したり、現地女性を強制連行し、施設に監禁し、売春を強制した。性病チェックこそしたものの、その他の扱いは非人道的で、反抗した女性は処刑されたり、ユダヤ人と同じ絶滅収容所に送られている。
もっと酷いのは、戦闘が行われていたウクライナやソ連でのドイツ軍のふるまいである。ここには売春施設がなかったので、現地の女性を奴隷狩りのように集め、輸送し、監禁し、継続的にレイプをした。占領ののちは、「軍事売春施設」を作り、女性集めに彼女の周囲の人たちを協力させた。
こうした「軍事売春」の犠牲者が韓国人のように名乗り出ないのは、多くが処刑されてしまっているからにすぎない。
ソ連軍の非道
日本やドイツは慰安所を作ったが、対するソ連軍はそのようなものを作らなかった。
だからといって人道的だというのは余りにも短絡的な結論だろう。その分、レイプの数は尋常ではない。
ベルリン陥落後、ソ連兵は100万人をレイプしたと伝えられている。
ただし、これには異論もあり、ドイツの研究者・ジャーナリストであるバーバラ・ヨールは、レイプの犠牲者は11万人(ただし1人が何度もレイプされているので件数はその数倍)と算定している。犠牲者の数を自国の有利に水増ししない点はさすがドイツ人というべきかもしれないが、それにしてもとてつもない人数なのは間違いない。
また、ベルリンに到達する間にもソ連兵は占領地域でレイプをおこなっている。したがって、総数ではソ連兵のレイプは途方もない数に上る。
しかも一説では、ソ連兵はレイプした女性の約1割を殺害したとされている。それ以外に自殺した女性もいる。生き残った女性の間には性病が蔓延し、また望まない妊娠をした人も数多い。ヨールによれば、ソ連兵のレイプによる妊娠率は20%である。
日本人研究者の怠慢
もちろん、ソ連兵はアジアでも同様の暴虐を尽くしている。日本軍のように「慰安所」を設けなかった彼らは、アジアでも何十万人もの女性をレイプし、殺し、性病罹患者にし、妊婦にして、戦争のあとの廃墟に放り出したのだ。
にもかかわらず、日本の現代史研究者は朝鮮人女性の「慰安婦」ばかりを問題にして、肝心の自国女性の被害は研究対象としてこなかった。
この点を有馬氏は、「鎖国的だ」と批判し、次のように述べている。
「国連で朝鮮人『慰安婦』のためにロビー活動している日本人弁護士たちにしても、なぜ、自国の戦時レイプ被害女性のために動くことはしないのでしょう。
また、日本よりはるかに大きなスケールで女性たちに堪え難い苦しみを与えたソ連及びその後継国のロシアに対する制裁を国連で呼びかけないのでしょうか。
そして、犠牲者たちのためにロシアに対して国家賠償請求の裁判を起こさないのでしょうか」
もちろん、日本あるいは日本軍の行なったことを検証し続けることは重要であるし、「他国もやっているからいいじゃないか」と安易に主張することは避けるべきだろう。
しかし、現状の日本だけが加害者であるといった主張を好んでする人たちは、本当に歴史を正視していることになるのだろうか。ともすれば、ある種の「反日運動」の材料となっている慰安婦問題について、有馬氏はこう述べる。
「日本と韓国の二国間の特殊な問題として扱うのではなく、戦争と世界的な『軍事売春』という普遍的な問題として位置づけ、ヨーロッパの『軍事売春』やソ連軍の戦時レイプの研究者や世界の女性の人権を守る運動家と連帯して、この問題を議論すべきでしょう。その際、朝鮮人慰安婦、台湾人慰安婦、中国人慰安婦、その他のアジアの国々出身の慰安婦とともに、日本人慰安婦と東アジア各国の戦時レイプ被害女性を対象から外してはいけません。
朝鮮人慰安婦なら問題で、日本人慰安婦なら問題ではない、日本軍によるレイプ被害なら問題で、ソ連軍によるものなら問題ではないということにはならないのです」