桐生祥秀、日本人初の9秒台 課題は“チキンハート”
その瞬間、満員の福井県営陸上競技場は大歓声に包まれた。掲示板に9・98と映し出された記録の主は桐生祥秀(21)=東洋大=である。9月9日、日本学生陸上競技対校選手権で破った100メートル「10秒の壁」に東京五輪への期待も膨らむばかりだが、桐生に残された課題は「チキンハート」の壁をいかに破るかだ。
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後半の30メートルはまるで外国人選手を見ているようだった。先行していた多田修平を大きく伸びたストライド(歩幅)で一気に抜き去り、そのままゴール。圧倒的な走りである。だが、桐生にとっては紆余曲折の一年の最後を飾る意味でも感慨深いレースだったに違いない。
運動部のデスクが言う。
「桐生は今年前半までものすごく調子が良かったのです。3月の豪州での競技会と4月の織田記念陸上で続けて10秒04を叩き出し、次はいよいよかと盛り上がっていたのですが、5月のダイヤモンドリーグで痛恨のフライングを起こし失格したのがケチのつき始めでした」
続く日本選手権でロンドン世界選手権の個人種目の出場権を逃してしまったのはご存じの通り。
「さらに、リレーで出場した世界選手権では左太腿の裏側を痛めてしまい、以降、全力で走れたことはありません。この日も予選を終えてから“100メートルの決勝は出ないかも知れない”と話していたほどです」(同)
だが、桐生にとって1レーン挟んだ隣の多田は、この日、どうしても負けられない相手だった。
スポーツライターの酒井政人氏によると、
「桐生は“多田に負けると負け癖がついてしまう”と話しており、シーズン最後にどうしても勝っておきたかったはずです」
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