熊谷6人殺害事件 遺族が明かす「空っぽの2年間」
卒業証書
群馬県伊勢崎市の惣菜工場に勤務していたナカダが、熊谷市に姿を現したのは一昨年の9月13日午後。民家の敷地に座り込み、「カネ、カネ」、「ケイサツヲヨンデ」などと住民に片言の日本語で話しかけた。まもなく、所轄の警察署に110番通報が寄せられる。
問題はここからだ。
ナカダは熊谷署に連行されて事情を聴かれたが、彼の求めに応じて署の玄関先でタバコを吸わせていたところ、猛然と逃亡を図ったのだ。追いかけた捜査員も信号を無視して突っ走るナカダに振り切られてしまう。
この時、ナカダのパスポートや財布は署に残されていた。県警は警察犬まで投入して行方を追ったが、その際、臭いが途切れたのは加藤さん宅のわずか3軒隣だった。そして、翌14日、最初の犠牲者が出てしまう。
田崎さん夫妻が殺害された自宅の壁には、血文字で意味不明のアルファベットが書き殴られていた。捜査員が駆けつけた時、すでにナカダの姿はなかった。
加藤さんが言うには、
「田崎さんご夫妻が亡くなる前日に、身分証もお金も持たずに不審な外国人が警察署から逃亡している。その上、田崎さんの自宅には外国語の文字が残されていた。捜査員の誰もが、その外国人が怪しいと感じたはずです。しかし、県警は犯人が逃走していることを広く住民に知らせて、注意を促そうとしなかった。防災無線でも、拡声器を使ってパトカーで回ってもいいから、その時点で周知していれば状況は間違いなく変わっていたと思います。この辺りは誰もが顔見知りなので、日中は戸締りをしていないお宅も多い。一方で、不審な外国人が逃亡していることを知らせれば、すぐに情報が集まったと思います。どう考えても県警の対応には疑問が残るんです」
実は、ナカダが田崎さん宅を襲う直前、埼玉県警はある事件に頭を抱えていた。
朝霞市内に住むひとり暮らしの男性が自宅で絞殺され、9月12日に殺人と住居侵入の容疑で逮捕されたのは、県警本部の捜査1課にも配属された経験のある30代の巡査部長だった。
県警本部長は逮捕当日に会見を開き、以下のように謝罪している。
〈本県の警察官が重大な犯罪で逮捕されたことは痛恨の極みで、被害者ご遺族、関係者の皆さまに深くお詫び申し上げます。事件を重く受け止め、事実関係を踏まえて厳正に対処します〉
ナカダが熊谷署から逃走し、行方を晦ませたのはその翌日である。
「県警幹部を呼び出して問い詰めたことがあります。“不祥事が続くと警察の恥になる。だから、ナカダを逃がしたことを隠していたんじゃないか”と。それには“そんなことは断じてありません、信じてください”と釈明していましたが、では、どうして犯人が逃走していることを近隣住民に知らせなかったのか。その理由を問うと、彼はこう答えました。“捜査に夢中で忘れていた。ここまでの事件に発展するとは思わなかった……”。言葉を失いましたよ。捜査の目的が新たな犠牲者を生まないことにあるのなら、一刻も早く住民に情報を伝えるべきだったと思います」
田崎さん夫妻が殺害されてからも、ほとんどの住民は殺人鬼が街を徘徊していることなど知る由もなかった。つまり、誰もが次の犠牲者になり得る状態だった。県警がどう言い訳をしようと、その点だけは紛れもない事実だ。
無論、遺族にとって最も憎むべき相手は犯人である。
だが、片言の日本語しか喋れない外国籍の犯人は、転落の影響で意識不明の重体に陥り、一時は責任能力の認定まで危ぶまれた。いまもって何を考えているのかさえ判然としない犯人に、遺族がやり場のない感情を抱え続けてきたことは言うまでもない。結果的に被害の拡大を食い止められなかった県警が責められても仕方のないことだろう。
愛する者を一瞬にして奪われた事件から2年間、遺族が否応なく背負わされた苦しみは察するに余りある。
しかし、加藤さんはこう続けるのだ。
「事件で悔しい思いをしているのは私たち遺族だけではないんです。美咲と春花が通っていた小学校の校長先生も心残りがあるんだと思う。県警から学校に情報が寄せられていれば、子供たちを帰宅させずに校内に留めさせたかもしれない。そういう後悔があるんじゃないか。運動会の時も、校長先生は友達の姿がよく見える場所に娘たち2人の遺影を置いてくれました」
***
事件当時10歳だった美咲ちゃんは、本来であれば今年の春に卒業する予定だった。加藤さんから相談を受けた校長は、教育委員会に掛け合って美咲ちゃんのために卒業証書を作ってくれたという。
その卒業証書はいま、彼女が通学に使ったピンク色のランドセルに立てかけられている。
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