「がん」を嗅ぎ分ける線虫…遺伝子操作で進化した「C・エレガンス」
排泄物もまた「捨てがたい」試料となる。潜血や蛋白を調べる尿検査で、がんの有無までわかるという。しかも“協力者”が線虫というから二度びっくりだ。
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体長わずか1ミリ、地中に生息する線虫「C・エレガンス」には、特異な習性がある。健康な人の尿を嫌い、がん患者の尿の臭いに誘引されるという。この特性を応用したのが、バイオベンチャー「HIROTSUバイオサイエンス」社の広津崇亮社長である。
「C・エレガンスは犬と同じく人間の1億倍の嗅覚を持ちながら、飼育にコストがかからない。『N-NOSE』という線虫検査法を用いた今までの臨床実験データを合計すると、がん患者の尿検体112例のうち陽性を示したのは105。感度は93・8%になります」
起業したのは2年前。元々は広津社長が九州大学で医師らとともに発明した検査法である。現在は19年の実用化に向け、全国数十カ所の医療機関と臨床研究を進めているという。
「線虫には嗅覚の受容体が1200個あり、その中のどれがどの部位のがんに反応するのかが絞り込まれてきました。今後は、遺伝子操作で特定の受容体のみが働く線虫を作り上げ、証明実験を行っていきます」(同)
さらには、
「治療前に陽性を示した41人のがん患者を対象に、治療後1カ月を経て再検査したところ、29人が陰性を示しました。つまり、がん組織を除去したことで線虫の行動が変わったわけです」(同)
これで手術の評価にも応用できる可能性が広がったといい、予後についても、
「150日間の経過観察中、41人のうち3人に転移や再発があったのですが、線虫はこの3人全員に対して陽性を示しました。現在、転移や再発を早期にモニタリングできる検査はなく、臨床現場からは要請が非常に強い。PET検査も、浴びられる放射線の上限が定められていて定期的には受けられません。N-NOSEが普及すれば、肉体的、経済的な負担は格段に軽くなります」(同)
肝心の価格は自由診療で「数千円を目指す」というから、うごめく虫たちがぐんと身近になりそうだ。
〈鉄は熱いうちに打て〉とは、まさしくがん治療における至言であろう。