80年代「トヨタ」は米国圧力になぜ打ち克てたのか 大物密使「ケイ菅原」の存在
サンベルト・デキシー号
ここで言うサンベルト・デキシー号とは、加藤の社長時代に導入した貿易摩擦対策を指している。1978年3月、トヨタは自動車の対米輸出に米国籍船のサンベルト・デキシー号を利用すると発表した。それまで同社は米国向けには「トヨタ丸」と呼ばれる専用の日本船などを使ってきたが、その方針を見直して初めて米国籍船と契約したのだ。
しかもこの船はカリフォルニアやフロリダの柑橘類を日本に運んできて帰路にトヨタ車を輸送するという異例の形で、それを所有したのが何と菅原のフェアフィールド・マックスウェル傘下の会社だった。
これだけ見るとまるで貿易摩擦を自社の商売に利用しているとも受け取れるが、話はそう単純ではない。この書簡で菅原は8月末にカリフォルニア州でレセプションを開いて、サンベルト・デキシー号によるトヨタ車輸出がいかに二国間の相互貿易に貢献しているか訴えるつもりだと語った。
「この(レセプションの)費用はトヨタに負担させるつもりはない。分かって戴きたいのは、あなた方のイメージを改善するために私たちが払っている努力である。トヨタの弁護士やPR関係者は良い仕事をしていると思うが、こうした重要な任務は外部のプロフェッショナルに委ねるべきでない。トヨタ自身がリーダーシップを発揮すべきなのだ。最も規模の大きいトヨタは最も目立つ存在でもあるという事をどうか豊田家に伝えて欲しい」
全体の貿易量からすれば船1隻分など微々たるものかもしれないが、日本の自動車メーカーが米国産の果物を運ぶ、それが米国人に与える心理的影響は大きい。フェアな貿易を目指している意思表示になり、大戦中、日本軍へのプロパガンダ工作に参加した菅原らしい発想だった。
また同年9月7日付けの加藤への書簡では黒人票が大統領選に及ぼす影響に触れ、しかるべき黒人指導者を紹介したい旨を伝えた。菅原の元には、こうした情報提供へのトヨタ幹部からの感謝の書簡も残されている。
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(下)へつづく
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