世界は妄想に満ちている 「世界連邦総裁就任」はなぜボツになったのか
■「フェイクニュース」が流行語に
トランプ大統領のおかげで「フェイクニュース」という言葉は、すっかり世界的な流行語となった。
日本でも小泉進次郎代議士が会見で、「フェイクニュースの時代ですね。何が本当で、何が嘘か。一連の報道を見ていても、分からない」と語るなど、話題になることが増えた。
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政治家がある報道について「フェイクニュースだ」と語るのは、大抵、自身や自らの政治勢力に対してネガティブな内容が伝えられた場合がほとんどである。反対勢力が、自分(たち)を貶めるために流している情報だ、と言いたいときだ。ちなみにトランプ大統領は最近では「詐欺ニュース」という言葉も使い始めている。
もっとも、実際の報道の現場では、そんなわかりやすいケースばかりではないようだ。
『フェイクニュースの見分け方』の著者、烏賀陽弘道(うがやひろみち)氏は、同書の中で、新聞記者時代の何とも不思議な体験談を明かしている(以下、引用は同書より)
もう30年ほど前、烏賀陽氏が20代の頃の話である。当時、新聞記者だった烏賀陽氏は三重県の支局に勤務していた。
支局には読者から多くの情報が提供される。多くは「巨大カボチャが採れた」「珍しい野鳥の写真が撮れた」といったほほえましい情報である。
ある日、「記者会見をするのですぐに取材に来てほしい」と弁護士から電話があった。司法担当でもあった烏賀陽氏は、急いで弁護士事務所に駆けつけた。大事な民事訴訟の提訴かもしれない、と思ったのだ。
世界連邦総裁就任
会見場である事務所に着くと、弁護士の隣にはグレーのスーツをぱりっと着こなした中年男性が座っていた。男性は厳かな口調で切り出した。
「このたび、私は世界連邦の総裁に就任しましたのでお知らせします」
唖然とする記者を尻目に、男性は「世界連邦」結成のいきさつや、総裁に選ばれた名誉と興奮を語り続ける。
烏賀陽氏の隣で、ベテランの地元紙記者は苦笑していた。
「男性は地元では有名な精神疾患を持つ人だった。自分の尽力によって世界はひとつの政府に統一され、その総裁に就任して云々という妄想を固く信じていて、時々新聞やテレビ局に『発表』する。だんだん地元の記者に名前が知られてきたので、今回は弁護士を雇って会見することにしたらしい。
総裁に『人を騙そう』といった悪気はない」
もちろん、世界連邦総裁誕生のビッグニュースはどこの紙面も飾ることはなかったが、この手の「情報提供」は珍しくないという。「世界で初めて時間の流れを撮影することに成功した」と言ってきた初老の男性もいた。写真を見ても、白い雲が写っているだけだった。
明け方、「ヨメに殺される」と必死で訴えてくる年配の女性もいた。慌てて警察に電話すると「いま、ウチにも電話あったで」
毎年、春先になると新聞、警察に電話をかけるのが恒例となっている方だった。
こうした体験を経て、烏賀陽氏は、こうアドバイスする。
「新聞やテレビはこういう訴えに慣れているので、そう簡単に記事にはしませんが、ネットではそういう人がダイレクトに情報を流すこともあります。だから、接する方は極端な虚偽も流れているという前提でネットに接した方がいいと思います。
もっとも、プロの記者ですら、時にはこの手の人に騙されて、記事を出すこともあります。あまりに突飛な陰謀論めいた話や、驚天動地の“真相”の類のときには、たとえ新聞やテレビ、雑誌に出ていたとしても、いったん立ち止まって『フェイクニュースでは』と疑ったほうがいいでしょう」
ネットの出現、メディアの多様化により、かつてよりも告白、告発のハードルは下がっている。それだけに受け手にはフェイクニュースを見分ける目が求められているのだ。