「金なら払わん!」”ブラック店舗”がバイトに給料を払わないトリック
統計に出ない惨状
戦後3番目の長さだとか、有効求人倍率が上がったとか、「数字上」は「好景気」が続いているようにも見える。就職がラクになった大学生はその恩恵を受けているのかもしれない。しかし、これらはあくまでも全体をとらえた数字にすぎない。
実際の労働現場では、いまでも酷い事例が数多くある。
労働関連の記事を多く書いているノンフィクションライターの中沢彰吾さんのもとには、仕事柄、知人やネットを通じて、労働相談や「こんなひどい会社がある」といった情報が持ち込まれることになった。その中には、最初から労働者を騙すつもりとしか思えない経営者による、詐欺的な行為もある。
中沢さんの新著『東大卒貧困ワーカー』から、最近の例を2つ見てみよう(以下は、同書から抜粋、引用)。
オシャレなカフェの裏側
1つ目の舞台は東京の超高級住宅街、田園調布にある欧州の田舎風カフェ。売りは自然栽培の野菜を使った料理だ。
この店では、店員募集の紙が店頭にいつも貼りだされていた。
「最初の3カ月間は研修期間で時給450円」
本来、研修期間であっても時給を安くすることはできないが、このへんは飲食業界では特にグレーゾーンとなっていることは珍しくないようだ。大手のチェーンでも「研修中の時給はゼロ」というところは存在する。
ある日、店員の女子高生が店先でへたり込んですすり泣くという「事件」が起きた。常連客が聞いて判明したのは、驚愕の内情だった。
女子高生は3カ月間、無遅刻無欠勤で、トラブルもなく勤めていた。ところが3カ月経ったところで、突然「店の雰囲気に合わない」という理由でクビにされたというのだ。
さらに酷いことに、彼女に限らず、この店では店員が3カ月足らずで次々にクビになっていることも判明した。
店の雰囲気につられて次々と若い女性は応募してくる。彼女たちを3カ月ごとにチェンジしていけば、店は常にフレッシュな店員を格安の時給で雇うことができるのだから、実に画期的ではあるが、当然、法的に認められるものではない。
常連客に問い詰められた経営者は、「女の子の希望者がどんどん来たから……」と悪びれる様子もなかったという。
3カ月無給も
もう1つのケースは、田園調布の隣、自由が丘にある美容室が舞台。美容学校を卒業した22歳の女性は、友人の紹介でここでアルバイトをすることになった。本当は就職したい店があったが、そこでは採用されなかったのだ。
自由が丘の店長は気さくで信頼できそうな人だった。
「しばらくうちでバイトしなよ。月給は18万円で安くて悪いけど」
女性は、ここで働きながら練習をして、再度、希望の店に挑戦するつもりだった。朝の掃除から始まって、昼間には主に洗髪を担当するという毎日を送っていた。
ただ、不思議なことに1カ月経っても給料は渡されなかった。それどころか2カ月目も、3カ月目も、だ。
当初は店長が忘れているのかと思っていたが、さすがに不安になって尋ねると、衝撃の答えが返ってきた。
「あれ? うちに研修に来るって言ったよな。給料なんか払うわけないじゃん」
彼女のアルバイト契約は口約束だけで、何の書類も交わしていなかった。しかも1度だけだが、カットモデルを使った練習をさせてもらっていたので、「研修」という理屈も一応は通らなくもない。
彼女から相談を受けた中沢さんも、これでは戦いようがないと判断して「あきらめて早く忘れたほうがいい」と伝えるしかなかったという。
中沢さんによれば、この2店舗はいずれもその後閉店に追い込まれたという。
2つのケースとも、経営者が最初から詐欺雇用をするつもりだったことは明らかだろう。社会経験のほとんどない相手だけに、騙すのは簡単だ。中沢さんは、こう指摘する。
「市井の平凡な経営者が、『無垢な若者を騙そう』という発想に至るのはありえないと思ったら甘い。非正規雇用の処遇に関して労働当局が動くことはほぼないので、悪い経営者は安心しきっているのです」
もちろん、多くの店はここまで酷くない。これらのブラック店舗の隣の店、町内の店のほとんどは実直な商売をしているだろう。しかしそれを「隠れ蓑」として、無垢な若者を騙そうという経営者が蠢いているのである。