【全文】小林麻央さん死去 「彼女から“愛”を教わった」と市川海老蔵さん会見

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■ずっと、一緒にいたかった

――麻央さんは闘病の中で、かなり辛い中でも勇気、愛情、笑顔がありました。そんな麻央さんの生き方についてはどうでしたか。

「おっしゃるとおり、本当に笑顔と勇気と愛情、決してぶれない自分、どんな状況でも相手のことを思いやる気持ち、愛ですよね、そういった力が、最後までぶれず、一昨日まで笑顔で話していて、昨日はやっぱりちょっと調子悪かったんですけど、急にそういうふうになってしまったので、戸惑った部分はすごく大きかったです。」

――海老蔵さんからは、どんな言葉をかけられましたか?

「ああ……。(麻央には)この世にあるありとあらゆる言葉。耳元で話していました。」

――海老蔵さんにとって、麻央さんはどのような存在ですか?

「どんな存在? とにかく、私をどんな部分もどこまでも、愛してくれていたんだなと。存在というのは、うーーーん 存在ね、できればずっと、一緒にいて、わたしの方が先に逝って、彼女にはもっと幸せで楽しく、家族や友達や、麻耶さんやお母さん、僕が役者として成長する過程を、ずっと、見守ってもらいたかった存在です。」

――麗禾ちゃんと勧玄くんのご様子は?

「麗禾は昨日はずっと麻央の側を離れませんでした。そして『(彼女の)横で、ずっと寝る』と言って、寝ていました。認識はしていると思いますね。

勧玄は、わかっているんですけれど、まだわかっていないところもあって、今日の朝も、麻央が横になっているところに、2人が、麻央の顔を触ったり、足をさすったり、手を握ったり。そういうところを見ると、私が今後、背負っていくモノ、やらなくてはならないこと、子供たちに対して、とても大きなモノがあるなと、痛感しました。勧玄はまだわかっていますけど……わかっていないと思います。」

■今後も教わり続けることは、愛なんだと思います

――奥さまから学んだ大切なこと、これからどんなことを伝えていきたいですか?

「元気になったら彼女は、自分が歩んできた過程の病、乳がんやそれに伴う病に対して、自分が治ったらこうしたい、ああしたい、多くの人の救いになれるような存在になりたい、ということで一生懸命闘病していました。

それでブログというものも始めたんです。ある意味マスコミさんのおかげで公になって、ありがたかったと思いますよ。

それでブログというモノをはじめて、同じ病の人や苦しんでいる人と、悲しみや喜びを分かち合う妻の姿は、私からすると、人ではないというか…すごい人だなというか。言い方はおかしいですけど。
とにかく総合的に教わったこと、そして、また今後も教わり続けることは、愛なんだと思います。

――今、海老蔵さんの中に浮かんでくる麻央さんの姿というのは、どういう表情を一番思い浮かべられますか?

「全部ですね。初めて会った時の彼女から今の……今日の朝まで、全部。全部。」

――笑顔が多いですか?

「そうですね。多かったと思います。」

――これまでお話されてきた中で、海老蔵さんに対してのお話や、子どもさんへのお言葉など、いろいろ印象に……。

「子ども? 心残りだと思います。2人のことについては。どうすればいいんだろうって。考えても答えがでなかったと思います。

いろんなこともあり、今回も子供たちと7月にも倅が出るんですが、そういうのを見に来ることを1つの目標として、いろんなモノを作ったんですけど。うん、まあでも、きっと見てると思うんでね、心配で心配でしょうがないんじゃないでしょうか。」

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