闘う医師・村上智彦さんが残してくれた「医療」に対する姿勢

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村上智彦さん

 11日、急性白血病で医師の村上智彦さんが死去した。56歳だった。村上さんは財政破たんした北海道夕張市の医療再生や地域医療に尽力し、日本の医療体制に一石を投じてきた「闘う医師」だった。

 06年6月、財政破たんした夕張市。夕張市立総合病院も退職者が続出して崩壊同然となり、「地域の健康と安心が奪われる」と大騒ぎになった。以前から地域医療の再生に取り組んでいた村上さんは、誰も引き受け手のいなかったこの病院を07年から引き継ぎ、12年まで医療法人財団夕張希望の社理事長及び夕張医療センター(旧夕張市立総合病院)のセンター長として経営再建に務めた。その後、13年からは岩見沢市で医療法人「ささえる医療研究所」を設立し、理事長を務めていたが、15年12月に急性白血病を発症した。

 村上さんは生前、「戦う医療から支える医療へ」と訴え、未来の医療ため、行政や既得権益、住民の依存体質など、様々な“日本社会の仕組み”相手に戦ってきた。著作『医療にたかるな』(村上智彦・著)では、高齢化社会が進む日本を憂いこう提言していた。

《今後は病院が不足するのは明らかですから、一刻も早く在宅医療を中心とした支える医療の仕組みを整えていかなくてはなりません。家族に過剰な負担を強いることなく、安心して在宅医療を受けられるようにするにはどうすればいいのでしょうか。景気の良かった時代なら、儲けたい「民」と、それを管理・サポートする「官」という形で仕組みを作っていけば良かったのだと思います。しかし、この不景気のもとで、「ささえる医療」を純粋に民間の営利事業としてやっていくのは難しいと考えています。とは言え、充分な予算も事業能力も持たない行政に期待するのも非現実的です。私はやはりこれは「公」でやるしかないと考えています。公というのはやや抽象的な概念ですが、要するに官僚組織や営利組織ではなく、地域社会を支えることに積極的な喜びを見出し、公共のために尽くすことに使命感を持つ人々が集まって、少しずつ仕事を分担して支え合っていくというイメージです》

 村上さんは私たち一人一人が真剣に今後の医療について考え行動すべきだと熱く訴えていた。また村上さんは日本人のもつ勤勉な心に着目し、こうも述べる。

《日本人の心の中には、もともと『公の精神』が息づいているのだと感じています。本来勤勉で真面目な国民なのですから、必ず自分たちの子供や孫に『この国に生まれてよかった』と思ってもらえるような素晴らしい社会を作れると私は信じています》

 地域のため日本のために尽くし、理想の医療体制に邁進していた村上さんの早すぎる死が悔やまれてならない。村上さんが実現しようとしてきた「支える医療」。今度は私たち自身が、村上さんが託してくれたものを形にしていく番なのかもしれない。

デイリー新潮編集部

2017年5月18日掲載

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