三越の女帝「竹久みち」 寝物語でショーケース1台からの成りあがり
日本橋・三越
創業三百余年の老舗百貨店を舞台にした“お家騒動”は、人間の傲りが頂点に達し、男女の欲望が暴発した末の悲喜劇だった。
ハデな容姿で「三越」の帝王・岡田茂を籠絡した女帝・竹久みち。主要な商取引に介入し、不正利得を上げていた彼女が、同社に与えた損害は18億7000万円に上った。生業の宝飾デザイナーとしての才能には疑問符がついた彼女だが、その一方で人並み外れた“ある天分”に恵まれていた――。
「なぜだ!」
昭和57年(1982)9月22日、「三越」本社で開かれた取締役会。岡田茂社長の腹心、杉田忠義専務から“社長解任の議案”が発議されると、岡田の顔は硬直し、みるみる血の気が引いていく。これが取締役16人全員の起立で可決されるや、
「何だこれは。おかしいじゃねえか。議長は俺だ」
とべらんめえ調で怒りを露わにしたのである。
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この日の取締役会には“政敵”の社外重役、小山五郎・三井銀行相談役が出席するため、岡田は杉田専務と事前にリハーサルを行っていた。竹久絡みの特定納入業者からの仕入れを再検討するという経営再建案も用意して、批判を封じようとしていた。ところが、実際の取締役会で杉田専務が口にしたのは、“岡田解任”の動議だったのだ。
「杉田、どうしてそんなことを言うんだ。理由を言え」
すると、小山が、
「岡田君、どんな役員にも提案権はあるんだよ。君の進退の問題だから、君には議長の資格はない」
解任が議決され、役員らが退室し始めると、尚も岡田は「待て、待て」と皆を呼びとめた。そこで小山が改めて発議すると、取締役全員が再び起立したのである。
「なぜだ! なぜ……」
驚愕の態でそう呻く岡田の声が、虚ろに響いた。
傲りで破滅した岡田は、日常生活の感覚も狂っていたという。元右翼団体幹部で、『右翼な人びと』(イースト・プレス)の著書もある武寛氏はこう述懐する。
「若い頃、僕は無所属の愚連隊みたいなことをしていましてね。ひょんなことから、三越を解任された岡田元社長と愛人の竹久みちの小間使いみたいなことをやるハメになったんです。岡田さんには親近感を持てたが、竹久は絵に描いたような我が儘おばさん。まるで事件の反省がなかった」
武氏は、何十年ぶりかで地下鉄に乗るという岡田を、自宅から駅まで送ったことがある。
「おい、切符を売る駅員はどこにいるんだ」
と彼が聞くので、武氏は、
「社長、今は機械にカネを入れて行き先のボタンを押すんですよ」
と答えた。
「ほーっ、いつからだ」
と驚く岡田。ややあって、
「こんなことだから、俺は駄目なんだ。庶民相手の商売をしていながら、庶民がどういう暮らしをしているかも知らないなんて……」
一方の竹久はといえば……。
「裁判対策の打ちあわせで、竹久は、岡田さんが帰ると、急に弁護士にあれこれ指図する。代官山の彼女の会社では、社員が事件を報じる週刊誌を買っていないと、“買っとけって言ったじゃない。何やってんのよ”と、いつも怒鳴り散らしていました」(武氏)
5億円と言われた目黒区八雲の豪邸と六本木の高級マンションを運転手付外車で往復。渋滞に遭うと、
「あんた何とかしなさいよ」
と運転手に噛みついた。
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