「150グラム5000円」幻のワサビ、1リットルに2週間「20年醸造醤油」 日本の超高級ガイド
〈ムダに高いモノもある日本の超高級ガイド2017(2)〉
■幻のワサビ
ワサビ田
グルメ漫画「美味(おい)しんぼ」には、関西の美食家が“幻のワサビ”に感嘆するシーンが登場する。
〈話には聞いとったが、これが真妻ワサビやったんか〉
生ワサビの生産量日本一を誇る静岡県伊豆市では、約350軒の農家がワサビを栽培している。中でも「JA伊豆の国」に登録しているワサビ農家で真妻(まづま)ワサビを専門に作っているのは5軒ほど。普通のワサビより生育に時間がかかるうえ、一本一本が小さいのだ。
その、5軒のうちのひとつ「イリヤマナカの山葵」代表の飯田哲司氏が言う。
「真妻ワサビが幻と言われるのは、収量が少ないという問題の他に栽培が難しいという理由もある。この品種は非常に繊細で水を選ぶ。具体的には水温が年間を通して安定し(約15度)、伊豆天城地方のような水量豊富なところでないとうまく育たないのです」
栽培が難しく、収量が少ないワサビだが、まれに100グラム以上に育つものもある。飯田氏が見せてくれたものは110グラムで、値段は3000円(税込)。生ワサビの平均的な値段が1000〜1500円(100グラム強)だから、いかに高いか分かろう。150グラムだと5000円を超える値がつく。
すり下ろしてみると…
気になるその味だが、
「真妻ワサビの特徴は、辛味と甘味のバランスが抜群なこと。ワサビだから辛いのは当たり前なのですが、その中に甘味も感じられるのです。鼻を抜ける香りや粘り気のある食感もこの品種の特徴です」(同)
ためしに3000円のものを1本購入、刺身も用意して、すり下ろしてみた。その途端、野性的で鮮烈な香りが立ち上る。口に含むと、なるほど辛味と甘味が同時にやってくるではないか。刺身に合わせるのも良いが、ワサビ本体をじっくり味わう方法はないものか。
飯田氏によると、
「実は、いちばんお勧めしたいのが、“ワサビ丼”です。熱々のご飯の上にすった真妻ワサビ、かつお節、醤油をかけて召し上がってみてください」
真妻ワサビを知り尽くした農家のイチオシの食べ方である。ならば、ワサビ丼を作るべく、「幻のワサビ」にふさわしい「幻の醤油」も探してみよう。
■20年醸造醤油
この日本を代表する調味料、醤油がピンチに立たされているのをご存じだろうか。大手の醤油メーカーが脱脂大豆を使って安い醤油を大量生産している一方で、資金力のない小さな醤油蔵が次々と廃業に追い込まれているのだ。だが、そんな業界にあって、
「うちで使っている麹は大手さんの作るものと面(つら)が違う」
と胸を張るのが、香川の醤油メーカー「かめびし屋」の岡田香織氏だ。創業二百六十余年、18代目の社長である。かめびし屋の醤油の特徴は「むしろ麹」製法にある。
20年醸造醤油
「うちでは、藁やイグサで編んだむしろの上で大豆を蒸し、香ばしく炒ってひき割りにした小麦、それに種麹を8人がかりで混ぜ、3日3晩徹夜で温度調整をして麹を育てるのです。もちろん大豆は北海道産の丸大豆、小麦は地元・香川の『さぬきの夢2009』という品種を使っています」(同)
そんなこだわりの原料で手間暇をかけているのだから、出来上がった醤油も安くない。1リットル千数百円から720ミリリットルで9979円というのもある。なかでも極めつきは「古醤油廿歳造(こしょうゆはつとせづくり)」という醤油で、1本3445円也(税込)。驚かされるのは、その1本の量が55ミリリットルしかないことだ。
試しに絹ごし豆腐にかけてみると、黒い液体がゆっくり落ちてくる。醤油というより、まるで墨汁のようだ。舐めてみるとそんなに塩辛くない。まるでバルサミコ酢のような酸味……、いや、これはやっぱり醤油だ。岡田氏が言う。
「醤油は麹と塩水を混ぜて“もろみ”を作るのですが、この醤油は、塩水の代わりに醤油を使う再仕込みという製法で、20年間もかけ醸造したものです。そのくらい醸造するとカチカチのもろみになるので、穴の開いた棒を突っ込み、そこにポタ、ポタと醤油を落としてゆく。1リットル集めるのに2週間かかります」
だから、この値段でも高くはないと岡田氏は言うのだ。先の真妻ワサビを使ったワサビ丼に垂らして食したところ、確かに美味くて、ご飯が止まらない。この格別の醤油、他にはどんな料理に使えば良いのだろうか。
「一滴だけ刺身につけて食べると魚の味がぐんと引き立ちます。でも、私個人のお勧めは、焼き立ての餅にポタリです。それはもうたまらない美味しさですよ」(同)
実を言うと、かめびし屋では、さらに35年ものの醤油もあるのだが、商品化していないという。
「こないだフランスから三ツ星レストランのシェフがやってきて、“どうしても欲しい”と、120本ごっそり買ってゆかれました」(同)
醤油の本当の味を知っているのは、日本人ではないのかも知れない。
特集「ムダに高いモノもある日本の超高級ガイド2017」より