白血病・悪性リンパ腫に「キメラ抗原受容体」 寛解率100%の例も

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 遺伝子操作で免疫細胞に組み込まれた人工のアンテナ。これががん特有の抗原を捉えると、免疫細胞はみるみる増殖して兵力アップ、がん細胞を次々と攻撃し始める。白血病や悪性リンパ腫に効果をもたらす「キメラ抗原受容体」免疫遺伝子療法は、英語の頭文字をとり、「CAR―T細胞療法」と呼ばれる。メガファーマやベンチャーがこぞって開発競争に参戦。熾烈極まる“CARレース”の行方は――。

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「なぜ、うちの子にこんな酷いことが起きているのか」

 父親は不条理に怒り、母親は涙に暮れた。

 10月4日付ワシントン・ポストによると、8歳の少女、アバ・クリスチャンソンは4歳の時から急性リンパ性白血病(ALL)に苦しんできた。抗がん剤治療で一時は回復したが、すぐに効果がなくなる。妹から骨髄移植を受けるも体調は悪化の一途を辿り、半年でがんが再発した。もうこれ以上、治療法がない。一家は絶望に打ちひしがれたが、そこに一条の光が差した。CAR─T細胞療法と出会ったのだ。

〈昨年4月、治療を受けたアバは素早く回復。サマースクールに通い、ソーセージパンの作り方を覚え、自分の料理本も作った〉(同紙)

 その後、再発の憂き目に遭ったが、今年7月、新たな抗原をターゲットにしたCAR─T細胞療法を再び受けた。本来なら標準治療の効果が薄くなって数カ月から半年で多くの患者が死亡するところ、今も元気に学校に通っているという。

「この白血病に対する治療法では、リンパ球の一種であるB細胞に特異的に発現するCD19という抗原が標的に選ばれました。B細胞は血液やリンパ組織だけに存在するので、他の組織が攻撃される心配はありません」

 と解説するのは、この治療に詳しい東京大学医科学研究所の小澤敬也病院長だ。

「まず白血病患者から、免疫細胞の一つ、T細胞を採血で取り出します。その表面に遺伝子操作で、CD19を認識するキメラ抗原受容体(CAR)を発現させます。このCAR─T細胞を培養して大量に増やし、再び患者の体内に戻します。その結果、CAR─T細胞がCD19陽性の白血病細胞を効率よく死滅させるのです」

CAR─T細胞療法の概要図

■数年以内に製品化

 先行する米国では、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターが2007年から臨床研究を開始した。製薬会社関係者の話。

「慢性リンパ性白血病に一定の効果が得られた後、より進行が速い再発難治性の急性リンパ性白血病を標的にした臨床試験が行われました。その結果を示す論文が数年前に発表されましたが、内容は驚愕すべきものだった。16人の患者のうち、90%近くで白血病のがん細胞が完全寛解していたのです」

 さらに複数の機関で臨床研究が実施されてきたが、うち大人5人、子供2人など少人数を対象にしたものでは、完全寛解率100%を達成したケースもある。

「完全寛解とは、骨髄中の白血病細胞の割合が5%以下となり、正常な造血機能が回復した状態を指します。つまり治癒したわけではなく、まだ再発が起こるかもしれない。ただCAR─T細胞療法の結果、一部の患者は治癒したと考えられるデータが出てきています」(小澤病院長)

 日本では昨年から、小澤病院長主導のもと、自治医科大学のチームがタカラバイオの協力を受け、臨床研究を始めたばかりだ。

「悪性リンパ腫を対象に実施しています。また今年度中にALLの治験も多施設で開始する予定です。ALLに関しては数年以内の薬の製品化を目指している」(タカラバイオ広報)

 日進月歩で進むがん治療の数々。技量を備えた医師の情熱と革新的な治療法が融合すれば、人類最大の敵を撲滅する日は遠からずやってくるに違いない。

特集「日本の『がん治療』はここまで進んだ!」より

週刊新潮 2016年11月10日神帰月増大号掲載

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