腎臓・乳がんに効果、マイナス185度“アイスボール”療法
体の表面から刺される特殊な針は、直径わずか1・5ミリ、長さ15センチほどだ。超音波、X線透視とCTが一体化した「Angio-CT」などの医療機器が映し出す画像を駆使して、その針先が正確にがん病巣に突き刺さった。治療が開始されると腫瘍はみるみる氷の塊、アイスボールで覆われていく。がん細胞を凍らせ死滅させる「凍結療法」は、苦痛や体への負担がなく、効果は絶大。患者には夢のような最先端治療法なのである。
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「エッ、もう終わったんですか」
3年半前、国立がん研究センター中央病院で腎臓がんの凍結療法を受けた岡本守弘さん(88)は、そのあまりの負担の軽さに感嘆したという。
「お腹への局所麻酔なので、意識はありましたが、痛くも何ともなかった。術後、1週間入院しましたが、今では半年に1回、検査に通うくらい。がんは完全に消え、抗がん剤も飲んでいません。私は詩吟の師範をしており、それまでと同様、元気に週2〜3回は生徒に教えています」
国立がん研究センター中央病院
CTやX線、超音波などでがん細胞を確認しながら治療を進めるIVR(画像下治療)。その中の一つ、凍結療法は極めて有益で、とりわけ高齢者や脳梗塞、心筋梗塞を患い、開腹手術が不可能な患者に大きな恩恵をもたらす。同病院の前院長で、日本のIVR治療を牽引する荒井保明・日本IVR学会理事長が解説する。
「この針は内部が特殊な二重構造になっています。腎臓のがんに刺した後、まずアルゴンガスを針の内部に流すと、針先はマイナス185度まで急速に冷える。すると病巣は凍り始め、15分ほどでアイスボールに包まれる。次にヘリウムガスを流すと、逆に針先の温度が上昇し、病巣は解凍される。これを2回、繰り返します。こうした凍結と解凍によってがん細胞は完全に破壊されます。治療が終われば、針を抜くだけですから、体に残るのは針を刺した穴の痕だけです」
■9割超が再発なし!
同じIVRでも「ラジオ波焼灼術」では、患者に「熱い」「痛い」といった苦痛を感じさせてしまうことが多いが、凍結療法にはその不安がない。しかもラジオ波はCTで焼かれる範囲の確認ができないが、凍結療法はアイスボールの大きさまで目視できるという利点もある。さらに患者にとって嬉しいのは、腎臓がんの凍結療法がすでに保険適用されている点だ。
「基本的には比較的小さな4センチ程度までのものが対象です。実際の治療では、がんの大きさに応じて、施術時間の短縮のために、針を2〜3本同時に使用することもあります。治療はすべて合わせて1時間〜1時間半で終わり、入院は数日から1週間弱です」(同)
入院費を含めても、諸費用の自己負担分は30万円以内で収まるという。
同院では腎臓がんの凍結療法を4年前から始めた。
「90歳以上の高齢者も含め、症例数は150を超えている。そのうち9割以上は再発なく経過しています」
一方、千葉県鴨川市の亀田総合病院では10年前から乳がんの凍結療法を行っている。自費診療ながら、乳房を切除せずに温存でき、日帰り手術が可能ということで、注目を集めている。同院の福間英祐・乳腺科主任部長が胸を張る。
「当初は1センチ以下の乳がんが対象でしたが、今では1・5センチ以下まで拡大しています。これまで200例以上の手術を行い、局所再発は2人だけ。それも適切に取り除いており、目下、遠隔転移やリンパ節転移を起こした患者さんはゼロです。このことから、私は、凍結療法には免疫の賦活化効果もあるのではないかと見ています」
IVRの未来について、先の荒井氏は、確信に満ちた口調でこう展望する。
「凍結療法を始め、IVR治療の可能性には厚生労働省もとても柔軟に対応を進めてくれており、今後、他の臓器やがん以外の腫瘍にも対象が拡がっていくかもしれません。例えば小児の骨肉腫など、標準的治療で十分な効果が得られず、腕や足を切断しなくてはならない患者さんが、凍結療法で切断せずに済むようなケースも出てくるのではと期待しています」
特集「日本の『がん治療』はここまで進んだ!」より