がん細胞を“レーザー”で壊死 肺がんや脳腫瘍に成果の「PDT」とは

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 特殊な薬剤にレーザー光を当てれば、がん細胞だけが勝手に壊死する。日本発の夢のがん治療技術「PDT」(光線力学的療法)。それは、ブラック・ジャックのような「神の手」をもってしても手術が不可能な領域に迫れるという。しかもすでに保険適用の認可を受け、肺がんや悪性脳腫瘍で大きな成果を挙げている。

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「喉の調子が悪いと、すぐに喀痰(かくたん)検査を受ける。がんができていれば、見つかるだろう。そうしたら先生のところで取ってもらえばいい。治療も簡単だし、タバコをやめるつもりはないよ」

 ヘビースモーカーのある肺がん患者はこう言い、17年間で8回もPDT治療を受け、がんを除去した。82歳まで生き、最後は脳梗塞で死去したという。彼が先生と呼んで頼ったのは、山王病院の奥仲哲弥副院長である。PDTとはどういう治療法なのか。

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「腫瘍親和性光感受性物質と呼ばれる薬剤を静脈に注射します。この薬は正常細胞に比べ、がん細胞に長く留まる性質があります。この時間差を利用し、内視鏡を使って低出力のレーザー光を当てると、化学反応を起こして活性酸素が発生し、薬が留まっているがん細胞だけを死滅させます。正常細胞には影響を及ぼしません。肺がんの治療に要する時間は30分程度で入院も3〜4日で済む。身体に負担が少ない、優れた治療法です」

 薬剤にはフォトフリンと、それを改良したレザフィリンがある。前者は早期の肺がん、胃がん、食道がん、子宮頸がんが保険適用範囲。後者は早期の肺がんと悪性脳腫瘍、局所遺残再発食道がんの治療で認可が下りている。

「ヘビースモーカーがよく罹る中心型肺がんのうち、特に早期で1センチ以下、厚さ3〜5ミリ程度の扁平上皮がんでは症例数は400を超えます。1回の治療で96%、2回以上なら100%完全治癒している。今後、生存率の上昇に大きく寄与すると期待されているのは、悪性脳腫瘍のPDTです。これは東京医大と東京女子医大のチームが臨床研究をリードしており、エポック・メイキングと呼ぶべき成果が出ています」(同)

「神の手」を超えるPDTの治療風景(画像提供:東京医科大学病院)

 この治験を主導する東京医大脳神経外科の秋元治朗教授が話を引き取る。

「悪性脳腫瘍が厄介な点は、がん細胞が脳に根のように張って、染み込んでいること。正常な脳細胞とがん細胞の境界がなくなってしまうのです。脳には言語野、運動野など重要な部分が存在する。外科手術ではこれらを傷つけないよう、ギリギリの境界線を切断していきますが、完全には腫瘍を取り除けない。必ずがん細胞が残ってしまい、グレード4では6〜7カ月で再発してしまう。人間の目と手では、完全切除は不可能な領域なのです」

■オール・ジャパン

 世界基準では診断からの1年生存率は61%で、5年生存率は9%という。

「しかし我々が開発したPDTならその根の部分を破壊できる。最大のメリットは、正常な脳を守りながら、光化学の力で腫瘍を死滅させることです」(同)

 まず手術の24時間前にレザフィリンを注射。最初に外科手術を行い、腫瘍をできるだけ切除していく。その後、取り除けない部分にレーザーを照射する。

「2009年から12年末にかけ、東京医大と東京女子医大で行った臨床試験の症例数は22例。厚労省から、1年生存率を世界基準の2割増(85%以上)にするという目標が課された中、すぐに100%に到達した。“スーパーデータを出した”と驚嘆され、一昨年、フェーズ2の段階で保険適用が認められたのです」(同)

 診断からの生存率を劇的に上げ、現在では平均生存期間は、世界基準の14・6カ月に対し、31・5カ月にまで伸びているという。

「この脳腫瘍への複合治療は日本発の医療技術です。薬剤、ダイオードレーザー、治療法の全てが日本製のオール・ジャパン体制。だから安倍内閣の『戦略的国際標準化加速事業』の重要テーマの一つに選ばれた」(同)

 経産省幹部もこう評価する。

「政府はこのオール・ジャパン体制の日本発の医療技術を外国に発信し、広めたいという意思がある。世界の標準治療にして普及させたいのです」

 日の丸アスリートならぬ日の丸ドクターが開発した治療法が脳腫瘍で苦しむ世界中の患者を救う日は近い。

特集「日本の『がん治療』はここまで進んだ!」より

週刊新潮 2016年11月10日神帰月増大号掲載

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