暴力団組員はなぜフジテレビ局員の名義を借りたかったのか 暴力団排除条例の持つリスクとは?

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 フジテレビは12月19日、同局の社会部記者だった社員が、取材対象者から接待を受けて、自動車の購入のために名義を貸していたと発表した。この取材対象者が「暴力団関係者」とみられるという報道は、師走の社会の耳目を集めた。
 報道によれば、この元記者は、2014年春ごろ、取材の過程で「暴力団の事情にくわしい人物」として、この取材対象者と知り合った。それ以降、東京都内の高級飲食店で、20回以上「過剰な接待」を受けた。この人物から依頼を受けて、高級車の購入のために名義を貸していたという。
 しかし、そもそもなぜこの「暴力団関係者」はマイカーを買うにあたり、わざわざカタギの記者に名義を借りなくてはいけなかったのだろうか。 

フジテレビ社屋(出所:Wikimedia Commons)

 フジテレビの件について考える場合、このポイントを考える必要がある、と指摘するのは犯罪社会学者の廣末登氏だ。
 現在、暴力団排除条例によって、一般社会が企業も個人も含めて、暴力団に利益供与してはいけないということになっている。
これは逆に言えば、暴力団や暴力団員の名義では、簡単に銀行口座も作れない、車も買えない、家も借りられない、保険にも入れないということである。
仮に暴力団員が身分を偽って契約をしたら、虚偽記載となり御用となる可能性が高いのだ。

「暴力団員なんか社会のクズなんだから、当然だ。一人前の扱いを求めるな」

 そのように考える方もいることだろう。しかし、廣末氏は、著書『ヤクザになる理由』の中で、暴力団排除条例を徹底させることが、かえって一般市民を危険にさらすリスクに警鐘を鳴らしている。その真意を聞いてみよう。

「まず、暴力団排除条例の特性を知る必要があります。
この条例では、暴力団の排除を『住民の責務』としています。暴力団を排除する主体は、県や都という自治体だけではなく、県民や都民の責務でもあるというのです。実はこれは大きな問題です。というのも、従来の『警察対暴力団』の構図を『住民対暴力団』に切り替えたということだからです。
 簡単に言えば、暴力団員が『車を買いたいんだけど』と言ってきた時に、『あなたには売れません』と店側が主体となって断れ、ということです。断らなかったら、店は責務を果たしていない、とされます。今回、組員がわざわざフジテレビの局員に名義を借りたのも、こうした事情があったからではないでしょうか。
市民も暴力団に対峙せよ、というのは建前としては理解できなくもないですが、そんなことを市民側の責務とするのは、結果として市民をトラブルに巻き込むリスクを高めます」

【参考記事】暴力団員の身分隠して車購入 詐欺容疑で山口組直系組長とディーラー社員ら4人逮捕 兵庫県警
http://www.sankei.com/west/news/160601/wst1606010102-n1.html

 フジテレビの一件でも、現時点では暴力団員ではなく記者の方が「責任」を問われている。この記者の場合、取材倫理上の問題は大きいが、それ以上に法的に「住民としての責務」を果たさず、「利益供与」したことが問題だ、とされているのである。この行為が、暴力団排除条例が定めた「利益供与の禁止」に抵触する、という指摘が法曹関係者からは出されている(弁護士ドットコム 2016年12月21日)。
 
「暴力団排除条例では、暴力団員は、たとえ暴力団を離脱しても、一定期間(おおむね5年間)は、暴力団関係者とみなされ、銀行口座を開設することも自分の名義で家を借りることもままなりません。暴力団離脱者は社会権すら制限されています。
 このように暴力団や暴力団員を締めつけすぎると、結果として彼らのアウトロー化、過激化を促すことにもなりかねないのです。
たとえば『どうせカタギの世界には戻れない』と自暴自棄になる者も出てくるでしょう。
 もちろん、暴力団も暴力団員もいなくなるに越したことはありません。しかし、どこかの国のように彼らを一斉に射殺するなんてことができない以上、社会は『ソフトランディング』の道を探る必要があります。
 車も買わせない、家も借りさせない、という風に追い込んで行くことで、『仕方ない。我慢しよう』と萎縮するような人達ならば、そもそも組員になんかなりません。結局、あまりに締め付けを厳しくすると、どこかで反動が出ます。
 そうなれば、市民がより危険な状態に置かれる可能性が高くなることは否めません」(廣末氏)

 報道だけだと、功を焦った記者が暴力団と癒着した、というシンプルな話にも見えるが、一般市民にとっても他人事ではない問題とつながっているのである。

デイリー新潮編集部

2016年12月22日掲載

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