がん難民にならないための「セカンド・オピニオン」 医療の進歩に比例しない患者の幸福度
■がん難民にならないための「セカンド・オピニオン」(1)
知識があるか否か。相談できる相手がいるかどうか。2人に1人がかかるがゆえにがんに関する選択は悩ましいものであり続けている。ドライな分業体制やビジネス化した医療に惑わされぬように。あるべき心構えを外科医で腫瘍内科医でもある大場大氏(44)が説く。
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セカンド・オピニオンは患者さんが持つ当然の権利(写真はイメージ)
ユーモアと風刺の利いた解釈がちりばめられた「新英和笑辞典」で〈life〉を引くと、「そのまん中に大きなif【もし】のある語」とあります。
もしあのときあれをしていたら、あるいはしていなかったら。
否が応でも決断を迫られる人生には、裏返すと、幾つもの「もし」がその道すがらに横たわっています。
われわれは、2人に1人の割合でがんにかかるリスクを抱えているので、がんの情報に関して何をどのような根拠で選び取るのかという問題は多岐にわたり、悩ましいものであり続けています。
主治医から説明された病状や治療方針について、説明内容がよくわからない、納得のいかないことも多々あるかもしれません。あるいは、「他にもっとよい選択肢はないのか?」「自分の価値観に合った代替治療は?」と思われることもあるでしょう。その際に、セカンド・オピニオンを受けることで、今ある主治医の意見を別の角度から検討することができます。
主治医に嫌な思いをさせて失礼だとか、転院することが前提だと思っている方もいらっしゃいますが、決してそんなことはありません。セカンド・オピニオンは患者さんが持つ当然の権利なのですから。
■増え続ける「がん難民」
そうはいっても、進歩する医学に謙虚さを欠き、いまだに自分が絶対的な父親役だと勘違いしている医師の中には、セカンド・オピニオンを好ましく思わない者もいるのは事実です。実際に、セカンド・オピニオン取得を申し出た途端、主治医が不機嫌になったり、「うちの病院から出て行ってくれ」と言わんばかりの態度に転じるという話も多く聞かれます。
現在のがん医療が確実に高度化する一方で、素朴な医学しかなかった過去には存在しなかったはずの「がん難民」が増え続けているというジレンマがあります。
それが意味するところとはすなわち、「患者さんの幸福度が、医療の進歩に比例して高まっていない」ということです。
がん難民が生み出される大きな要因のひとつに、「対話不足」があります。これは、医師と患者さんのコミュニケーションだけを指しているわけではありません。職種を超えた医療スタッフどうしの話し合い、患者さんとそのご家族とのやりとりなども含まれます。
■難民が生まれる土壌
しばしば見聞する悪いケースの話をしてみましょう。
「胃がんの手術を受けたあとに再発してしまいました。主治医から説明があって、抗がん剤が必要だから“外科は卒業だ”と。軽々に、それも横柄な態度で。内科に行くと、抗がん剤治療のスケジュールがすでに決まっていたのですが、全く詳しい説明もありませんでした。この先、不安です」
ある大学病院で手術を受けた患者さんからの相談です。
このように、最初から病気全体についての詳しい説明をせず、手術で「切れるか否か」のみに終始してしまう外科医が少なくないようです。また説明責任を果たす意識やコミュニケーション・スキルも明らかに欠如しています。加えて、手術記録を見ると、十分なリンパ節郭清が行なわれておらず、再発してしかるべき内容のものだったのも大きな問題です。
一方で、患者さんが治療の真の目的を理解しないまま、表面的なエビデンスに従って抗がん剤治療ばかりに専念してしまう腫瘍内科医の話もよく聞きます。抗がん剤の使用が目的化され、使える薬がなくなれば「緩和ケアに紹介します」「余命○カ月」となってしまうわけです。
早期からの緩和ケアの介入が望まれているにもかかわらず、「抗がん剤をやっている最中ならば診ない」と言い放ったり、患者さんのモルヒネへの理解が不足したまま不適当に使用してしまったり、挙句の果てには外科医や腫瘍内科医への非難を口にしたりする。いずれも緩和ケア医の対応で問題になるものです。
こうした「ドライな分業医療」は、信頼性が高いとされるがん専門病院や大学病院の現場で特に目立つという話をしばしば耳にします。がん難民が生まれる土壌がそこにあるのです。
よしんば、治癒が目指せる場合でも、がんは進行すればそれだけ再発・転移するリスクが高まるといえます。だから、進行がんであるほど、それに伴う意思決定も重要さを増してくるのです。
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がん難民にならないための「セカンド・オピニオン」(2)へつづく
特別読物「がん難民にならないための『セカンド・オピニオン』――大場大(東京オンコロジークリニック代表)」より