佐藤愛子さん、卒寿での再ブレイクに「どうして売れているのか分からない」

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「私の父は“損だの得だのは下等な人間の言うことだ”と話していました」とは、作家・佐藤愛子さん。その父とは小説家・佐藤紅緑(こうろく)。異母兄には詩人・サトウハチローを持つ女史が『戦いすんで日が暮れて』で、直木賞を受けたのが1969年のこと。50年近いときを経て、卒寿を超えたいま、著書がベストセラーとなり再び大ブレイク中である。“先輩”に人生を教わった。

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左から『九十歳。何がめでたい』(小学館)、『役に立たない人生相談』(ポプラ社)、『人間の煩悩』(幻冬舎新書)

「なんだか呪われているみたいで、居心地が悪いんですよ。私の本は売れないというのが相場で、初版2万部、それに3000部の増刷があって“さようなら”というのが普通でしたから」

 と苦笑するのは今月5日に93歳となった佐藤さん。8月出版の『九十歳。何がめでたい』(小学館)が9刷の35万部、9月に出た『人間の煩悩』(幻冬舎新書)が8刷の16万部と、出版不況何するものぞ、なのだ。

「私はもともと売れ行きを気にするタイプではありませんし、人からの評判も気にならない。遠藤周作さんは批評に対して怒ったりしていましたけどね。私自身、どうして売れているのかわからないんです。というのも、私としてはずっと同じ主張を繰り返しているだけですから」

『サザエさん』を真面目に論評してしまう人たちへの違和感、デパートのトイレの過剰な進化への怒り。日常生活で遭遇する“いちいちうるせえ”を綴った『九十歳。何がめでたい』というタイトルは自身が決めた。

「90歳を過ぎてから耳は聴こえづらくなるし、目からはじくじくと涙のようなものが出てくるし、おまけに背中まで痒くなる始末。それでも、“卒寿、おめでとうございます”と言う人が後を絶たない。何がめでたいのかというのは本心です。本当は終活として身の回りの整理もしないといけないのでしょうが、私は戦前育ちですから、物を捨てられない。お釜にこびりついた米粒をこそげ落として庭に撒いて雀にあげるくらい」

■パンツの方

「でも、私と同じような感覚を持つ人はほとんどいないでしょう。一番共感し合えるのはやっぱり同世代の友人。作家・中山あい子や川上宗薫など、同世代人が見当たらないのは、長生きにつきものの淋しさです」

 1日2食。食事は自分で作るけど、歳を取ったら何を食べても美味しくなくなる。せめて興趣を添えるという意味合いからか、夜はテレビを見つつ食事をする。

「パンツの方(とにかく明るい安村)が家のなかで独り、鏡に向かって色んな角度で自分の見せ方を試行錯誤しているのを想像するにつけ、“ご苦労様です”と言いたくなっちゃいますね」

 と莞爾として笑う一方で、こんな異議申し立てをする。

「いまの日本の物質至上主義は目に余ります。何もかもが損得の算盤勘定になっているから。たとえば、不幸なことがあっても、“運が悪かった”と言って耐える精神性がすっかりなくなってしまいましたね」

 偽善に陥って伝統が爪はじきに遭う。みっともない、はしたない。その言葉の真率な響きに耳を傾けることなく、耐えることに後ろ向きになった世間が女史を放っておくはずがない。図らずもメディアからの出演依頼がひっきりなし。

「私は声が大きく元気だと思われがちですが、もうへとへと。それでもこうやって喋っているのですから、“病気”は死ぬまで治らないのかもしれません」

 怖いもの見たさ、もブレイクの一半の理由である。

ワイド特集「神帰月の超常現象」より

週刊新潮 2016年11月17日号掲載

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