ドナルド・トランプが批判される“わいせつ発言”が、これまでとは次元が違う理由
ドナルド・トランプ(70)
時あたかも決戦まで1カ月、10月8日のことである。ニューヨーク5番街のトランプタワーが崩壊する音を、我々は聞いたのかもしれない。
同日付のワシントン・ポストは、共和党候補ドナルド・トランプ(70)の、女性への侮辱的な発言を収めた2005年の動画を公開したのだった。
過去8度、大統領選を見てきた外交ジャーナリストの手嶋龍一氏は、
「トランプは今までもマイノリティやハンディキャップのある人、女性について蔑視と取れる言動をしてきました。しかし、生のやり取りが録音され、タブロイド紙でなく、ワシントン・ポスト紙がこの時期に公表に踏み切ったのは、まさしく異例の事態です」
と評するが、日本の新聞は例によって押しなべて、
〈性的関係を持とうとしたことを下品な表現で告白〉(朝日新聞8日付夕刊)
〈女性についてわいせつな言葉で語って〉(読売・同)
〈性的な俗語を使って「何でもできる」などと語っている〉(毎日・同)
と、奥歯にモノが挟まった物言いをするばかりで、性的な俗語とは何か、それを使うことの意味合いに踏み込むことはなかった。
■問題の発言
トランプによる女性蔑視の姿勢は、裕福な家庭の第四子から不動産王へ、倒産やカムバックを経て大統領選出馬へ、成り上がって行く流れのなかで身につけたものである。
身体を重ねるどころか、ひとつ屋根の下で暮らした最初の妻に対しても軽蔑の眼差しを投げかける。スラングを交えた差別的な発言については、別枠画像の対訳を参照いただくとして、今回問題とされた発言のあらましを振り返っておこう。
舞台はイベントに向かうバスの車内。芸能番組の司会者と交わした会話が録音されていた。トランプは、ある知人女性を俎上に載せ、
“I did try and fuck her. She was married”
そう振り返り、後に登場するこの日のゲスト女優を窓外に見つけると、
“Look at you. You are a pussy”
気が大きくなった彼は、
“Grab them by the pussy. You can do anything”
と豪語するのだった。
ヒラリー・クリントン(68)
■発言にも悪びれず…
「特に露骨な表現が2点ありましたね」
と、国際政治学者の島田洋一氏。
「その1が、はっきりfuckという単語を使っていること。映画ではしばしば“ちくしょう!”などの意味で使われることがありますが、今回の発言だと完全に女の人と性的関係を持つという意味。その2が、女性器を指すpussyを掴む・握るという風に表現していること。原文を見てさすがに言い過ぎだと思いました」
この「爆弾動画」を受け、トランプは謝罪こそすれ、
〈ロッカールームでの冗談だ。自分は未遂だが、(ライバルであるクリントン候補の夫)ビル・クリントン(元大統領)は不倫を実行したからもっとひどい〉
と悪びれることはなかった。そればかりか、10日に行なわれたクリントンとの2回目の討論会前、「ビル・クリントンにレイプされた3人の女性」を集めてウェブ上で会見を行なってもいる。転んでも、どころか転んだことを認めない性分がそうさせるのだろう。
■「これまでと次元が違う」
東大教授で日本文学者のロバート キャンベル氏に聞くと、
「NYタイムズやガーディアンなど、英語圏の主要な活字メディアではこの発言をそのまま引用している。pussyやfuckという言葉が新聞のなかでそのまま出るというのは極めて珍しいことです。“女性に対して有無を言わせず身体を掴み、自分のものにする”という暴行を正当化することをトランプが言っている。それを明示するため、編集の判断であえてそのまま掲載しているのです」
英語でこの発言を聞いたキャンベル教授自身、
「性暴力の舞台裏を見てしまったような不快な気持ちになりました。今回の発言はこれまでと次元が違うし、明確に区別しなければならない」
と分析する。というのも、
「密室のなかで、記録されているとは思っていない状況で発した言葉が暴露されているからです。過去にもトランプは、ミス・ユニバースに優勝した女性の体型を蔑んだり、ある女性司会者を“ブス、デブ”と嘲るといった言動を続けてきましたが、これらはメディアのなかでの発信。日本のメディアもこの相違をちゃんと感知し、伝える責任があるんじゃないでしょうか。“また困ったことを仕出かした”程度のニュアンスでしか伝えないなら、はっきり言ってヌルい報道だと思います」
分別がつかないのか、単なる狂気か、こんな男が核のボタンを握る未来は悪夢に違いない。
過去の「トランプ発言」対訳集(英紙「テレグラフ」などを中心に構成)
特集「新聞は読ませてくれない『米大統領選』のスラング英会話 『トランプ発言』一言一句の対訳集」より