稲川淳二、前立腺がんで入院中も「看護師を怪談で怖がらせていました」 がんに打ち克った4人の著名人(3)

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「自分を心配してくれる人の大切さ」を強調するのは、前立腺がんを患ったタレントの稲川淳二さん(69)である。

「大の病院嫌い」を自認する稲川さんが、診察を受けることになったのは、ある出来事がきっかけだった。

 それは93年以来続けている「怪談ナイト」というワンマンショーの真っ最中のこと。11年10月、都内で公演中、急に言葉が出なくなってしまったのだ。後に過呼吸が原因と分かるが、これを心配してくれたのが高校時代の親友たちだ。

「福岡公演の時、九州大学医学部教授とレントゲン技師になった親友2人に、強制的に病院に連れていかれて、検査されたんです。そしたら気になる数値があるから再検査だと言われ……」

 都内に戻って再び検査を受けたところ、前立腺がんと告知されたのである。横にいた事務所の社員は悲痛な顔をしていたが、稲川さんは意外と冷静だった。がんは初期のものと診断され、実際、医師の口調も深刻ではなかったからだ。

「初期なら、来年の怪談ナイト20周年イベントとかいろいろ忙しいから、手術は3年後にできないか」と医師に相談。しかし即座に却下されたという。

「あなたは60代なかば。今、手術しておけば、まだ仕事ができる。悪くなってから、手術しても助からないかもしれませんよ」

 稲川さんは観念した。

■看護師も怪談で怖がらせ…

 治療法を考えた時、「新しい手術方法」で受けたいと思った。そこで選択したのがロボット手術だ。巧いと評判の医師がいる、東京医科大学病院のドアを叩いた。

 手術は正味20分弱で済んだ。手術痕は、手術器具などを入れる際に開けた小さな孔が6カ所。虫に刺された痕のように赤くなっているだけで、手術が嘘のようだった。男性器機能は温存でき、術後のホルモン治療もなし。早期治療ならではの予後の良さである。

「入院は10日ほどでしたけど、夜、看護師をつかまえては、怪談を聞かせて怖がらせていました。看護師長からは、誰もいないはずなのに、勝手にテレビがつく部屋の話を聞けて、レパートリーに加えさせてもらった。とにかく収穫の多い入院でしたよ」

 稲川さんは5年前を振り返り、親友たちによる“強制検査”に感謝する。

「みんなの気遣いで命拾いしたようなものですからね。だから人との縁が切れると、人間って危ないかもしれない。病院に行けとうるさくいう人がいなくなるから」

“人の切れ目が、命の切れ目”になり得るということか。

「特別読物 がんに打ち克った4人の著名人 Part4――西所正道(ノンフィクション・ライター)」より

1947年生まれ。「稲川淳二の怪談ナイト」もツアーは10月まで。詳細はオフィシャルHP、http://j-inagawa.com/で。

西所正道(にしどころ・まさみち)
1961年奈良県生まれ。著書に『五輪の十字架』『「上海東亜同文書院」風雲録』『そのツラさは、病気です』、近著に、『絵描き 中島潔 地獄絵一〇〇〇日』がある。

週刊新潮 2016年10月13日神無月増大号掲載

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