田中角栄の血脈「二階幹事長」と「菅官房長官」の戦略的互恵――田崎史郎(時事通信社特別解説委員)

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 政権をささえる自民党幹事長と官房長官の二枚看板。その座をいま、二階俊博と菅義偉という2人の老獪な政治家が占める。両者の共通項や相違点、あるいは関係やいかに――。時事通信社特別解説委員の田崎史郎氏が直近の政治情勢をまじえながらリポートする。

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二階俊博自民党幹事長と菅義偉官房長官

 元首相・田中角栄は政治家を評する際に「彼は『長』だ」「彼は『副』だ」と言って分類した。たとえば、田中は1982年(昭和57年)11月16日、東京・目白台の私邸で、竹下登について尋ねた私にこう語った。

「竹下は『長』だ。しかし、総裁になるには大蔵、外務、通産大臣のうち二つ、三役のうち二つを経験するのが条件だ。早稲田は付和雷同する。雄弁会であることが竹下の強みであり、弱みでもある。竹下も他の大学から一人ずつ引っこ抜いてくるようでなくっちゃ」

 田中は竹下を評価してみせる一方、総裁になる条件を列挙した。期待を持たせつつ、しかし、代替わりは断固として拒否する絶妙な言い回しだった。

 田中が言う「副」とは参謀を意味する。田中派では竹下の参謀だった元自民党副総裁・金丸信、橋本龍太郎政権下の元官房長官・梶山静六が「副」に当たる。

 自民党幹事長・二階俊博は山梨県南アルプス市にある金丸の、官房長官・菅義偉は茨城県常陸太田市にある梶山の墓参りを欠かさない。政治家としての源流をたどれば田中に行き着く二階と菅は安倍政権下、両雄並び立たず、となるのか、それとも安倍政権を支える双璧と位置づけられるようになっていくのか――。

 臨時国会の召集日を決め、公表する過程は、8月3日の内閣改造・自民党役員人事後の権力構造を浮き彫りにした。本来、政府の権限で決められる国会の召集日を、二階が発表したからだ。召集日は官房長官が衆参両院の議院運営委員会に伝え、会期は国会、事実上与党が決めるのが大原則である。

 二階は8月30日午後5時10分ごろ、自民党本部4階にある幹事長室から出てきた。幹事長番記者は夜の会合にでも出掛けるのかと思ったが、二階はいきなり「ぶら下がりをやろう」と言った。新聞記者は慌ててICレコーダーを取り出し、テレビ局の記者は手持ちのビデオカメラを回した。

「みなさんに心配をかけていた臨時国会の召集日だが、9月26日、これでやるということで国対、あるいは党内、さらに官邸との間で合意に達したから26日にやらせていただく。これが正式な発表だ」

 前任の幹事長・谷垣禎一の時代には考えられないことだった。谷垣は万事控え目、そもそもなかなか決断しなかった。

 昨年暮れ、軽減税率の適用範囲を決める時のこと。谷垣は財務省案に乗り、生鮮食料品のみに限定することにこだわった。これに対し、首相・安倍晋三、菅は政権の安定を優先し、公明党・創価学会の要求を受け入れて外食を除く食料品全般に広げようとした。当時、決断しない谷垣に、安倍は業を煮やし、こう口走った。

「谷垣さんには財務大臣経験者としてではなく、政治家として判断してほしい」

 でも、二階は違う。二階は安倍の意向を忖度して先回りして走り、かつ、臨時国会召集日のように政府が決めることであっても、自分が決めたように内外にアピールする。谷垣と二階の振る舞いは政治家として両極に位置する。

「待ちの谷垣、攻めの二階」

 自民党との折衝の窓口となっている公明党中央幹事会会長・漆原良夫はこう見る。おかげで幹事長番記者は二階の一挙手一投足から目を離せなくなった。

二階俊博自民党幹事長

■情報漏れへの「懲罰」

 二階が総務会長時代から唱え、幹事長就任早々に打ち上げた自民党総裁任期延長も、安倍や菅から頼まれたことではない。今年5月連休明けに、二階は早くもこう漏らしていた。

「安倍首相は長期政権を狙っている。佐藤栄作さんの7年8カ月よりも、もっと長くやろうと思っているんじゃないか。官邸にいれば、誰が近く逮捕されそうか、誰が死にそうかという話が入ってくる。国内だけじゃなくて、海外の要人の話もだ。ほかの人がどう思っていようが、首相官邸にいると首相は自分にしかできないと思うようになるもんだよ」

 この時、私は二階に「党則を変えるのは難しいのでは?」と尋ねた。しかし、二階はいとも簡単に「党則なんて変えてしまえばいいんだ」と言い放った。大胆不敵、二階は鋭いカンで安倍の胸の内を洞察した。

 自民党総裁の任期は党則で「1期3年、2期まで」と定められ、2012年(平成24年)9月に総裁に復帰した安倍は18年9月の総裁選に立候補できない仕組みになっている。それを安倍も立候補できるように、総裁任期を3期までとするか、そもそも期数制限を外すか――。

 改造で安倍体制の外に飛び出した前地方創生担当相・石破茂や党農林部会長・小泉進次郎は慎重論を唱えている。だが、政治制度改革実行本部で任期延長問題の検討が始まり、本部長には安倍が「私の顧問弁護士」と呼ぶ副総裁・高村正彦が就任した。任期延長実現のレールは確実に敷かれた。

 総裁の期数制限は言わば、中選挙区時代に派閥抗争が激しかったころの名残だ。79年秋の「40日抗争」後、福田赳夫らによる追い落としを回避するために、時の首相・大平正芳が長期政権への道を自ら閉ざす「3選禁止」の枠をはめた。

 議院内閣制を取るドイツなどでは与党党首の期数制限はない。また、日本でも民進党など、自民党以外の政党はどこも期数制限を設けていない。この現実に加え、約3年に1回行われてきた衆院選が歯止めになる。衆院選で過半数を割れば、首相は即退陣だ。

 さらに、いざとなったら党所属議員、都道府県連代表各1人の総数の過半数の要求があれば臨時総裁選を行うリコール規定も党則で定められている。これらを考えれば、期数制限は合理性に欠けるとの声が根強い。

 総裁任期延長の先陣を切ったことが二階自身にとって極めて重要だ。自分の力を誇示することができるし、何よりも安倍に恩を売ることができる。これをやれば、自分の権力を強化できると読む、二階の嗅覚は並外れている。

 だが、先回りして失敗することも少なくない。二階は8月25日、「女性天皇」の容認を打ち出したものの、翌日に菅に否定された。安倍が7月27日に福岡で表明した事業規模28兆円の経済対策の策定過程では、安倍、菅らが財務省に額の上積みを求めている最中、二階は早々と財務省案を了承している。

 二階は国土強靭化などに目を光らせても、財務官僚の言うことを鵜呑みにしがちだ。財務官僚の話はまず疑うことから始める安倍や菅とは根本的に違っている。

 経済対策の額は実は27兆円だった。ところが、フジテレビが昼のニュース番組で、安倍の演説直前に「27兆円」とずばり報じたため、安倍が急遽、1兆円増やした。官邸で額を知っていたのは安倍と首相秘書官・今井尚哉だけだ。今井は財務省からの情報漏れを疑った。その懲罰が1兆円の積み増しだった。

 情報漏れにこれほど敏感な安倍官邸を向こうに回し、二階は傍若無人に見えるほど積極的に発言している。

 金丸がそうだった。80年代後半から90年代初頭にかけての政治記事は、中曽根政権下で総務会長、幹事長、副総理を務めた金丸が公式、非公式に発信する情報で成り立っていた。

 金丸は毎日のように幹事長番記者と懇談し、同時に親しくしていた私たち記者に情報をリークした。そうすることで、政治記事の中心には金丸が座ることになり、金丸の影響力が高まった。

 いや、高まったように見えた。実質的に決めているのは当時の首相・中曽根康弘であったにしても、新聞やテレビが金丸中心に報道すれば、国民、とくに永田町では金丸に耳目が集まった。

菅義偉官房長官

■2カ月ごとの密会

 政治家の影響力は本人の力だけでなく、どう報道されるかによって決まる。これを金丸も二階も、政治家の本能として熟知している。

 だが、臨時国会召集日をめぐる官邸と二階との攻防では、報じられているように二階が官邸を本当に押し切って勝ったのだろうか?

 確かに、安倍や菅らは臨時国会召集日を9月13日か16日にするのにこだわっていた。環太平洋連携協定(TPP)の承認案・関連法案を11月8日の米大統領選投票日前に成立させることを目指していたからだ。

 だが、あくまで9月中旬召集で突っ走ろうとしていたかというと、そうでもない。

 菅の元には、自民党国対や民進党サイドから「民進党代表選が15日投票だ。16日に国会の委員長名簿を出すのは無理」と伝えられていた。このため、菅は安倍が第6回アフリカ開発会議(TICAD)から帰国した翌日の8月30日午後、安倍に状況を説明し、26日召集の了承を取った。

 それを菅が二階に伝えたところ、二階はすぐに記者を集め、公表した。だが、菅と連絡を取り合っている公明党幹事長・井上義久は「二階さんが発表する前に、菅さんから連絡がありました」と認めている。

 二階が決めたのではなく、安倍や菅の決定を記者にいち早く流したということだ。安倍や菅が中旬召集の方針を堅持していたのは、召集日決定にあたり民進党に譲歩し「貸し」をつくった形にすることで、臨時国会を円滑に運ぼうという狙いだった。からくりを明かすと、官邸は召集日を野党を懐柔する「カード」として使い、カードを切る役を二階が担った。

 二階と菅は互いの手の内を知りつつ、役割を分担していると思った方が良い。

 そもそも、二人の政治家としての歩みは驚くほど似ている。

 まず、秘書出身という点だ。二階は元建設相・遠藤三郎(旧衆院静岡2区選出)の、菅は元通産相・小此木彦三郎(旧衆院神奈川1区選出)の秘書だった。

 秘書出身の政治家の特徴は主(あるじ)に忠実なことだ。主の指示は絶対であり、違うと思っても指示の実現に全力を尽くす。かつ、余計なことは言わない。表で目立つのはあくまで議員本人だ。秘書は陰で支える。

 そんな生活を二人とも11年間送った。田中派時代、軍団と呼ばれた秘書をまとめていた、元首相・羽田孜の秘書・山崎貴示は秘書の心得をこう説いた。

「どんなに時代は変わっても秘書はテレビドラマの隠密同心のように、『ご下命いかにしても果たすべし』『死して屍、拾うものなし』というのが生きざまだ」

 二階も菅も、秘書の時代に政治家としての原点が培われた。つまり、忠誠心が人一倍強く、今は安倍に示されている。これは、官僚出身者とは真逆だ。官僚出身者は「自分は一番頭が良い」と信じている人が多く、時に主を見下す。

 二人のもう一つの特徴は地方議員出身であることだ。二階は和歌山県議を、菅は横浜市議をそれぞれ2期8年務めた。地方議員出身者は議会での駆け引きに習熟し、押したり引いたりしながら物事を実現していくのに手慣れている。普段、丁寧に接しながら、時に威圧する。この人に逆らったら潰される、という恐怖心が政治家の力となることを二人とも知っている。

 二階と菅が第2次安倍政権発足以来、2カ月に1回、定期的に会っていることは報じられたことがない。二人は秘書から地方議員に転身する時、地元で反対に遭った苦労話を語り合い、相通じるところを見いだした。

安倍晋三首相

■安倍首相による人物評

 余談だが、二人は休みを取らない。いや、休みを取れない。忙しいからではなく、忙しく働いていないとかえって落ち着かない性格だ。二階は1939年2月生まれの77歳、菅は48年12月生まれの67歳。働くことが美徳とされた時代に生まれ、育った。

 似たもの同士と言える二人が対決することはあるのだろうか。彼らの仕事ぶりを見ている高村に聞いた。

「二階さんも菅さんもめっぽうケンカが強い。ケンカが強い人は、誰が強いかが分かっている。だから、ケンカしない」

 それに二階も菅も現実主義者だ。言い換えると、高い理想を掲げて走るのではなく、目の前で起こったことの処理に血眼になる。もちろん、理想を持たないことは弱みでもある。しかし、理想を掲げる安倍とは相互補完関係にあると言える。

 政権は改造するたびに弱くなるというのが政界の常識だ。しかし、自民党幹事長が谷垣から二階に代わって、政権は弱くなったのだろうか。漆原はこう見る。

「最強の態勢じゃないか。菅さんが政府を、二階さんが党を抑えている。二人には首相になるつもりがない。今の力を維持したいと思っているだけだ」

 メディアは政治家の対立を好む。だから、政権を「二階vs菅」と対立構図で描くことになる。だが、両者が理解し合っていたとしたらどうなるのか。

 二人の関係を安倍はこう語る。

「二階さんと菅さんはうまく行ってますよ。両者とも党人派で、政治技術を持った練達の士だ。まあ、戦略的互恵関係だね」

「谷垣さんは存在することに意義があった。公正で、清潔、リベラルな雰囲気があって、存在感があった。ただ、仕事をどしどしやっていく人じゃないですから。一方、二階さんはガンガンやり過ぎちゃうところもあるが、こちらを分かった上でやっている」

 安倍にすれば、内政は二階と菅に任せておけば良い。安倍自身は外交、とりわけ自分にしかできないと確信しているロシアとの関係構築、北方領土問題の打開に集中できる体制となった。

 安倍は今月2日、ウラジオストクでロシア大統領・プーチンと会談した。3時間10分のうち、二人だけで55分間会談した。サシの会談が終わるのを待っていたロシア経済分野協力担当相を兼務する経済産業相・世耕弘成は部屋から出てきた彼らの表情を見て驚いた。

「両首脳とも高揚していた。やったぞ、という表情だった」

 日ロ関係は12月15日に安倍の地元、山口県長門市で開かれる首脳会談で大団円を迎える。振り返れば、北方領土交渉は、日本側の首相退陣によって、たびたび頓挫してきた。田中も、橋本も、安倍の祖父・元首相・岸信介もそうだった。岸は『岸信介証言録』(中公文庫)で今後の課題として憲法改正と北方領土問題を挙げ、こう語っている。

「この二つの問題は、今後政治家に重大決断を課することになる。結局は、自分の一身を賭しての決断ということですよ」

 岸の遺志を継ぐ安倍が重大な決断を下した時、仮に反発が生じたとしても、田中の血脈をくむ二階と菅が立ちはだかり、これを抑える“双壁”となろう。

(敬称略)

「特別読物 田中角栄の血脈『二階幹事長』と『菅官房長官』の戦略的互恵――田崎史郎(時事通信社特別解説委員)」より

田崎史郎(たざき・しろう)
1950年生まれ。時事通信社政治部OB。豊富な経験と人脈に基づく取材、分析で知られる。著書に『安倍官邸の正体』(講談社現代新書)など。TBS系「ひるおび!」ほかに出演

週刊新潮 2016年9月29日号掲載

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