天才以外は失業、残るのは土下座をする仕事? 人工知能の専門学者座談会(1)
予想を超える速度で進化する人工知能。世界のトップ棋士を圧倒したのは記憶に新しいが、いずれ、ほとんどすべての仕事を人工知能が代替するという見方もある。われわれ自身が、子や孫が、否応なく直面する近未来の見取り図を、専門学者たちに描いてもらった。
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人工知能に仕事が奪われる(イメージ)
米グーグルの関連会社が開発した人工知能「アルファ碁」が、世界トップ棋士の一人を打ち負かしたのは今年3月。その際、勝利の決め手になったと説明された「ディープラーニング」(深層学習)という語をご記憶だろうか。人工知能が自ら学習して能力を高める技術のことで、脳の神経回路さながらにデータを理解する過程を何回も重ねながら、物の特徴を認識できるというのだ。
もっとも、アルファ碁には碁を打つ能力しかなかったが、今後、様々な能力を備えた“汎用人工知能”が登場しうるという。そのうえ2045年までには、進化を重ねた人工知能が人間より賢くなってしまう時点、すなわち「技術的特異点(シンギュラリティ)」を迎えると見られている。
要は、10年、20年先には、われわれを取り巻く環境も、われわれの暮らしも、人工知能によって激変している可能性があるわけだ。それはどんな未来図なのか。科学ジャーナリストの緑慎也氏を進行役に、専門家たちに語ってもらった。
■10年後の社会はどう変わるか
【松田卓也/神戸大学名誉教授(宇宙物理学)】 駒澤大の井上智洋講師は最近、45年には天才以外は失業し、日本の人口の1割しか働いていないと予想しました。アメリカの未来学者レイ・カーツワイルによれば、45年にシンギュラリティが訪れ、その前の29年には、人間みたいな汎用人工知能ができるという。30年ごろを境に、それまでは特化型の人工知能、それ以後は汎用人工知能と、大きく違ってくるという意見に、私も賛成です。
【高橋恒一/理化学研究所 生命システム研究センター 生化学シミュレーション研究チーム チームリーダー】 カーツワイルは、29年には人間一人分くらいの知的能力を、45年には全人類の能力を合わせたくらいのコンピューターが、1000ドル程度で買えるようになると言っています。
【松田】 汎用人工知能の中核は、自然言語理解だと思います。松尾さんの予想では、それが可能になるのはもっと早いのでしょう?
【松尾豊/東京大学大学院工学研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授】 早いと思います。人間がサルより賢い一番の理由は、記号すなわち言葉を使えるから。パターンの識別はいろんな動物にできても、それを言葉という記号に置き換え、任意の時点で想起、伝達する能力は人間にしかありません。そのおかげで人間の学習能力は非常に高く、知識の蓄積量もすごく大きい。この仕組みは早晩、明らかになるはずだと思っています。
【緑】 “汎用”が現れるのはもう少し先として、人工知能の普及によって、5年後、10年後くらいの社会はどう変わるのでしょうか。
【松尾】 人工知能ブームの理由は二つあって、一つはディープラーニング。もう一つはデジタル革命で、情報をデジタル化してデータとして貯め、それをもとにプログラムを組んだりすればすごいことができると。それは1990年代後半以降、グーグルやアマゾンがやったことですが、日本人は理解してきませんでした。人工知能が擬人化されて、情報技術の便利さがようやく理解され、これまで手でやるしかないと思っていた事務系の仕事など、プログラムを書けばできるジャンルがたくさん見つかった。でも、シリコンバレーの人たちはとっくに気づき、イノベーションを起こしていた。日本人はそれに20年遅れで気づいたというのが、人工知能ブームの実状です。一方、ディープラーニングはここ2、3年で伸びてきた技術革命です。認識能力が上がって、要は目を持った機械ができ、人間が目で見てわかる仕事はみな機械ができるようになるわけです。
■「士業」の仕事が失われる
【高橋】 第1次、第2次産業革命では、蒸気機関やディーゼル機械が現れて肉体労働を代替した。第3次はインターネット情報革命、第4次が人工知能革命と言われ、そこでは知的労働が代替されます。その際、どのくらいの範囲の知的労働を代替できるのかを見通すうえでも、人工知能の汎用性の高さは重要です。
【緑】 “専用人工知能”が職人的な技を使えるロボットなら、“汎用人工知能”は、職人的な人工知能に仕事を割りふったり、先のことを考えて指令を出したりする人工知能。そんなイメージでいいのでしょうか。
【松田】 “専用”で典型的なのはアルファ碁。あれは囲碁しかできません。それが、たとえばゲームなら何でもできるというふうに、守備範囲が広がっていくんじゃないかと思うんです。
【松尾】 知識を転移させることで、学習能力や速度を上げる方向に向かっていると思います。たとえば、われわれはエベレストに登ったことがなくても、登るとどうなるか想像できます。サンプル数がゼロなのに、言葉や映像といった手段によって知識を転移させることで、同じような体験をデータとして持てる。そういう転移能力を発揮できるのが、知能が高いということであり、製造能力が上がるということです。
【緑】 目で見てわかる仕事は機械ができるようになるとのことですが、人間が身体を動かして行う仕事のほとんどは、人工知能が行うようになるのでしょうか。
【松田】 そうです。
【松尾】 現状では、この座談会のセッティングや片づけなどは、機械が認識できないので、人間がやるしかありませんが、将来的にはわかりません。
【松田】 掃除でいうと、床はルンバにできても、机の上は難しい。天井や壁にはたきをかけることもできない。昔の女中さん、今の家政婦さんみたいな仕事が一番難しいんです。人工知能が仕事を代替した結果、残る職業はトップとボトム。クリエイティブな仕事も家政婦さんのような作業も人工知能にはうまくできず、失われるのはミドル。今までは肉体労働者の仕事が失われましたが、これからは知的労働、サラリーマンの仕事です。雑誌社の人に「私の仕事は残りますか」と聞かれましたが、「無くなるでしょうね」と(笑)。
【緑】 定型的な記事を書く人工知能もありますね。中間的な職業の代替は、すでにインターネットの登場とともに始まっていました。
【松田】 今後問題になってくるのは、医者、弁護士、教師。「センセイ」と呼ばれる人たちの仕事がだんだん失われていくと思う。
【高橋】 そうですね。こうした「士業」と呼ばれる仕事は、論理的思考とか、膨大な知識を覚えておいて適宜対応するとか、人間の脳が苦手なことを頑張ってやる見返りに、高い給料を得ていたわけですが、逆にそれはコンピューターの得意分野ですから。先の駒澤大の井上講師の論だと、置き換えられにくい職業の特性はホスピタリティ、マネジメント、クリエイティビティの三つとのことです。
【松田】 まあ、(シンギュラリティの)2045年までは残ると。松尾さんによれば、最後まで残るのは、土下座をする仕事だって。
【松尾】 半分冗談ですが、人工知能には謝罪は難しい。
【緑】 機械には謝られたくないということですか?
【松田】 謝られても納得しないんです。自動運転車で事故を起こしたとき、どうなるかという議論がありますが、論理的、理性的、合理的に考えたら、自動運転車のほうが絶対に事故は減る。でも、誰かがひかれたとき誰を罰するか。自動車を死刑にしてつぶしても被害者は納得しませんが、運転手が人間なら刑務所に放り込むことができて、被害者も一応は納得する。土下座はホスピタリティの仕事ですね。ただ、一つの会社の中で見れば、君はあれをやれ、と差配する管理職も機械化されてしまうから、残るのは社長と謝り係。
■共産主義プラス資本主義
【緑】 そのとき、大半の人はどうなるのですか。
【松田】 井上講師の話では、45年に仕事をしているのは1割で、天才以外はみな失業し、45年以降は天才も失業するという。「天才」とは象徴的な言い方ですが。
【高橋】 井上講師いわく、人工知能革命では人工知能がイノベーションをどんどん進めるので、GDPも加速度的に上昇していく。今まで起きたことと本質的に違って、余剰生産力が急激に伸びる。だけど人間、日々食べ、消費しなきゃいけないものは簡単には増えない。そのギャップをどう埋めるか。それにはベーシックインカムが適しているのではないかという話でした。
【緑】 すると、人工知能が人間の代わりに働いて富を生み、われわれの暮らしが王侯貴族みたいになる?
【高橋】 僕らだって機械を奴隷のように使い、何百年も前の貴族以上の生活をしていますよね。仮に1割の人しか働かなくても、十分な生産性が担保されれば、残った人たちはベーシックインカムで日々生きていける。ただし根本的な疑問は、人間は食欲、性欲、睡眠欲以外に、脳の仕組みとして労働にも快楽を感じます。これまでは食べるために仕方なくやってきたから「欲」と認識されなかっただけで。だからボランティアなどから始まり、将来はお金を払ってでも労働すると思う。
【松尾】 僕はもう少し信憑性があるシナリオとして“フリーミアム化”すると思っています。これは食費や住居費など基本的なサービスはタダにして、代わりにデータを取るとか、もっといいものを食べたければお金を払うというビジネスモデル。人はいいものを見ると羨ましくなって、お金を払いたくなる。そのためには何かの役に立つ必要があって、それに従事する。
【緑】 共産主義プラス資本主義のような。
【高橋】 まさにそれ。労働は人間の根本的な欲だという話と、少しは資本主義を組み込まないと社会の仕組みが壊れてしまうという話の、面白い二項対立です。
【松尾】 あと、基本的に肉体労働がなくなってセンサー系の仕事になる。おいしいとか、面白いという判断は人工知能にはできないので、それを判断する検証生活のような感じです。たとえば、ある匂い、ある分子構造をどう感じるか。これは進化的に組み込まれているものだから、上手に真似るのはすごく難しい。
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「【特別読物】人工知能の専門学者座談会 第1回 天才以外はみんな失業する20年後の未来予想」より