テレビの内容が理解できない、オシャレをしなくなる…「若年性認知症」のチェックポイントと予防法

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 働き盛りのある日、記憶の中に開いた穴が日に日に広がり、幼児でさえ楽にこなすことができなくなる。若年性認知症になるなど想像するだに恐怖だが、予防法も、なってしまった場合の対処法もなくはない。知ると知らぬとで大違いのチェックリストをお届けする。

Dr.週刊新潮 2017 病気と健康の新知識

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慣れた道でも迷うようになる(イメージ)

 新田佐智子さん(62)の夫、浩之さん(63)=共に仮名=の場合、進行はあまり早くない。

「電気設備の技術者だった夫は55歳のとき、職場でパソコン操作があやふやになり、書類作成にも手間取って、マンションの管理組合の会議でも話がわからなくなった。その後、対人関係を理由に会社を辞めましたが、病気の影響があったのかもしれません。工業設備の会社に移ると、スマホの操作がわからなくなり、本人も“おかしい”と言い出し、近所の脳神経科でMRIや、長谷川式簡易知能評価スケールという診断テストを受け、アルツハイマー型認知症の疑いがあると診断されました。“まさか”という思いでしたよ」

 当初、薬は処方されず、

「61歳のときからレミニール4ミリグラムを1日2回飲むことになり、昨年からはその倍を服用しています。仕事は昨年1月末に辞めました。最後はエアコンの点検をしていましたが、同じチームの人に助けてもらうことが増え、耐えられなくなったようです。ただ、仕事を辞めてストレスから解放されたようで、病状が進んでいません。視野が狭まって左端のおかずに気づかないし、お風呂から出ると一度脱いだ下着をまた着てしまう。マンションの敷地内でも迷ったりしますが、コミュニケーションは取れます」

■再三、うつ病と診断され

 桐原恵美さん(63)の夫の忠敏さん(66)=共に仮名=も進行が遅いが、最初はうつ病と診断されたという。

「主人は記憶力がよかったのに、59歳のとき、ちょっとしたことを忘れるようになった。決定的だったのは、娘の誕生日に外食したのを、数日後に忘れていたことです。個人病院の脳神経外科に診てもらうと“うつ”だと。大病院でも“うつ病”と診断されて、うつ病の治療を始めました。ただ、その病院に“認知症の疑いがある”と言う先生もいたので、大学病院で診てもらい、健忘型軽度認知障害・早発性アルツハイマー病の疑いと診断されました」

 その後の判断が早い。

「フィルムの製造販売会社で業務に精通していた主人でしたが、すぐに辞表を提出し、私が販売員の仕事をして、主人には洗濯や洗い物など家のことを任せるようになりました。外に出たほうがいいと思い、認知症患者向け施設などで脳トレやフィットネスをしていますが、その日の予定や持ち物をすぐに忘れるので、毎日、予定を書いた紙を机の上に置いておきます。一緒に外出していて主人だけ帰宅してしまったり、駅で行方不明になって反対方向の電車に乗っていたり、ということはあります。万一のときのために、お隣さんに家の鍵を渡し、GPSつきのスマホも持たせていますが、幸い、最初に症状が出たときからあまり変わっていません」

■“お金”について

 もちろん新田さんも桐原さんも、大黒柱の一大事で収入が途絶えることに不安を抱いたそうだが、“処方箋”を少し聞いておこう。

「傷病手当金という制度で退職しても給料の7割が1年半支給されることがわかり、だいぶ安心しました」

 と語るのは桐原さん。これは私傷病で労務不能となった場合、健康保険組合などから給与の一部が支給される制度で、退職後も一定の条件を満たせば、給付を受けられるというものだ。

 一方、新田さんは、

「認知症とわかると障害年金を受け取れるし、自立支援医療も利用できます。障害年金は、うちは2級なので2カ月に1回、40万円近く支給され、住民税もゼロで済む。自立支援医療は認知症でかかる病院代が1割で済むというものです」

 公的年金の被保険者が傷病で障害者になると、障害年金が支給され、精神障害で通院治療すると、自立支援医療が適用されるのだ。

 また、東京医科歯科大学の認知症研究部門特任教授の朝田隆氏が「忘れてはならない」と言うのが、高度障害保険金だ。

「確かにアルツハイマーだとわかったら、死亡保障2000万円の生命保険に入っている人なら、2000万円もらえるという制度があるんです」

 実は、各生命保険は約款で、高度障害状態になったら死亡保険金と同額が支払われると定められている。

「ところが、たとえば55歳で認知症になって会社を退職すると、毎月の掛け金が払えないからと、奥さんが生命保険を途中解約してしまうことが多い。こうなると満額は支給されなくなってしまう。高度障害に当たるかどうか、保険会社から調査が入るのが普通です」

■予防法、チェックポイントは

 だが、その前に予防法も検討しておくべきだろう。主にアルツハイマーについて、日本認知症学会の専門医で、おくむらmemoryクリニック院長の奥村歩氏は、

「体質や遺伝が関係しているとはいえ、予防は無意味ではありません」

 と言って、こう説く。

「アルツハイマーになりにくい人は、アミロイドβやタウから脳を守って、残っている神経細胞をつなげて脳を働かせる認知予備力が高い。これを高めるには週3回、1回30分以上の有酸素運動が有効です。脳細胞の栄養素BDNF(脳由来神経栄養因子)が体内で作られるからです。人を相手に臨機応変に対応するほうが認知予備力が高まるので、テニスや社交ダンス、ゴルフなどがいいですが、人との関わりにストレスを感じている場合は逆効果。ウォーキングやジョギングで問題ありません。人と関わる点で囲碁や将棋、麻雀もいい。また、糖尿病を患うと認知症リスクが高まるので、糖尿病予備軍であるメタボの方は低糖質の食事に替えるといい。それから、人間は脳の老廃物を睡眠中に除去しているので、睡眠不足は認知症の卵。不眠症の人は、睡眠薬を使ってでも寝たほうがいいです」

 だが、不幸にも発症したら早い治療が肝要。早期発見するためのチェックポイントは何か。

「①同じことを繰り返し言う、②お盆にプールに行ったなど直近の体験を忘れる、③書類作成に何倍も時間がかかり、料理のメニューが単調になるなど、今までできていた仕事や家事がこなせない、④部屋が片づいていない、⑤外出時に化粧やオシャレをしなくなった、⑥テレビのリモコンを使えない、栓抜きや缶切りを使えない、⑦慣れた道で迷う、⑧日課や趣味をしなくなった、⑨好きだったものに興味や関心がなくなった、⑩計算間違いが増えた、⑪テレビの内容が理解できない、⑫車の事故が頻発する――。家庭で旦那の様子がおかしいときは、奥さんが親しい同僚に遠回しに探りを入れるのもいいでしょう」(同)

 最後に、朝田氏の提言に耳を傾けよう。

「うつ病と診断されて効かない薬を出されたりしないためには、日本老年精神医学会か日本認知症学会に所属する専門医に診せること。正しい診断をされて、初めて今後の生活のプランニングができます。また、アリセプトなどの既存薬の効果にも期待しつつ、私は根本治療薬の治験も勧めています。今、世界中で創薬が進み、これは効くのではという薬も複数ある。認可されるには数年かかるはずで、治験段階のものに期待せざるをえないのです」

 やっかいな、誰もが忌避したい病気だが、手の打ちようはあるのだ。

特集「更年期うつと誤診例あり! 患者4万人以上! 働き盛りの『若年性認知症』のチェックリスト」より

週刊新潮 2016年9月8日号掲載

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