「伊藤忠」を揺さぶった空売り屋「グラウカス」とは
弱者があらん限りの知恵を振り絞って、大企業の悪事を暴く。それならば、株式市場の支持を得られるはずだ。では、当期利益で“初の商社トップ”に輝いた伊藤忠商事を揺さぶる、米国投資ファンド『グラウカス・リサーチ・グループ』の場合はどうか。
グラウカスが、伊藤忠に“宣戦布告”したのは7月27日のことだった。自社のHP上で44ページに及ぶレポートを公表し、“利益の水増しを行っている”と糾弾した上で、伊藤忠株の売りを推奨。その影響で伊藤忠の株価は急落し、前日比79円50銭安の1182円50銭で取引を終えた。
株価急落
グラウカスは、5年前に弁護士のソーレン・アンダール氏(35)が調査責任者になり、米国カリフォルニア州で設立された。ちなみに、社名は海洋生物ウミウシの一種『グラウカス・アトランティカス』に由来している。このウミウシは小さいながらも自分より大きく、強力な毒を持つ生物も食べて生き延びているという。
会社設立後、グラウカスは米国で著名な住宅債権回収会社を攻撃した。その時、映画『ヒトラー~最期の12日間~』のワンシーンを引用し、自らの主張をその字幕のように編集してYouTubeにアップして話題になっている。証券会社幹部によれば、
「グラウカスは、昨年から日本市場への進出を窺っていました。年初から、新聞の経済部や経済誌の記者を集めてセミナーを開きましたが、反応が鈍い。そこで話題作りのために初の商社トップになった伊藤忠を標的にしたわけです。今回は、住宅債権回収会社の時以上に効果的だったかもしれませんが、そのやり口は“黒に近いグレー”と言われても仕方がないでしょう」
■今秋に第2弾
グラウカスの専門は“空売り”という手法。ターゲットにした企業の株を金融機関などから借りて売り、株価が下がったところで買い戻して儲ける。逆に、株価が下がらなかった場合は損失が出る仕組みだ。
「空売りは日本でも認められていますが、彼らが他と違うのはレポートを公表して株価を下げる点。2年前、台湾のプラスチックメーカーにも同じ手法を使ったことで、現地の金融当局から“相場操縦”の容疑で訴えられて昨年に敗訴していますが、賠償金を支払ったとは聞いていません」(先の証券会社幹部)
相場操縦や風説の流布は、わが国でも金融商品取引法などで禁じていたはずだが、
「レポート公表後に資金を集めていれば、風説の流布などに抵触する可能性もありますが……」
眉を顰めながらこう語るのは、証券取引等監視委員会(SESC)の関係者だ。
「レポートには、事前に空売りポジションを取っていると明記しています。彼らは、“レポートは、公開情報を基にして分析した私的見解であり、資金を集めるのが目的ではない”という理屈。我が国の現行法では、台湾の金融当局のように彼らを取り締まることはできないのです」
伊藤忠株は、9月に入り上昇基調を描き、9月9日の終値は1275円でレポート公開前の水準まで回復した。経済誌の記者がこう警告する。
「グラウカスは、日本市場で伊藤忠を含めて4、5社をターゲットにしていると公言している。今秋にレポートの第2弾を公開する予定で、上場企業は戦々恐々としています」
そこでグラウカスのソーレン・アンダール氏に聞くと、書面でこう回答した。
「現在、休暇中につきコメントすることができません」
グラウカス以外にも“空売り屋”は上陸している。標的にされた企業が、伊藤忠と同じように防ぎきれるとは限らない。