「シン・ゴジラ」を識者が語る “私が大臣なら治安出動”と石破茂

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 自衛隊の決死の攻撃をものともしない巨大生物を描いた映画が、熱暑や台風をものともせず観客を集めている。「エヴァンゲリオン」の庵野秀明が総監督を務めた「シン・ゴジラ」。今の日本を映す鏡とも評されるこの映画を読み解く、必須のトリビアをお届けする。ネタバレ注意

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リアルなCG

 内村航平、吉田沙保里、錦織圭という名を聞いたことがない日本人は、まずいないと思われるが、おそらく、それ以上に人口に膾炙(かいしゃ)しているのがゴジラだろう。1954年の第1作以来、28作の映画が公開され、いずれも人気を集めてきた。

 ところが、「シン・ゴジラ」では、このなじみ深い怪獣が、だれも遭遇したことがない巨大不明生物として登場する。ゴジラが存在しなかった世界に、ゴジラが出現するのである。

 そんなゼロベースのスタートなのに、いや、それが功を奏したか、

「7月29日の公開から24日間の動員数は309万人で、興行収入は45億円です」

 と、東宝宣伝部。近年では、スタジオジブリの作品か「踊る大捜査線」しかクリアしていない100億円の大台も窺えそうな勢いなのである。

「総勢329名のキャスト、フルCGなども特徴的だといわれています。また、ゴジラの動きを出しているのは狂言の野村萬斎さん。狂言では怪物など“人ならざるもの”を演じることから、樋口真嗣監督は、野村さんに生命を入れてもらおうと考えたそうです」(同)

■3時間分の脚本

 とまれ、まず筋書きを大雑把に追っておきたい。幕開けは東京湾アクアラインの崩落だ。原因となった巨大不明生物は間もなく上陸して東京を破壊。政府は対応を検討して会議を重ねるが、想定外の事態に右往左往するうちに、被害は広がるばかりだ。海に戻った巨大生物は鎌倉から再上陸し、自衛隊の決死の攻撃にもビクともせず、破壊を続けながら都心に向かう。その間、微量の放射能汚染も広がり、米軍の支援も力及ばず、ついに国連を軸にする国際社会は、ゴジラと名づけられたこの生物への核攻撃を決め、日本に通達する。

 長谷川博己演じる内閣官房副長官は、それを回避するため、ゴジラの血液を凝固させる“ヤシオリ作戦”を考案し、自衛隊ほか総力を結集して遂行する……。

 ちなみに上映時間は2時間弱だが、庵野秀明総監督が書いた脚本は3時間分に匹敵する。だからセリフの“字数”は、平均的な映画の2倍近いのではないかといわれる。それほど情報が詰めこまれ、だからこそ、数々のトリビアにも事欠かないのである。

■防衛出動か治安出動か

 嘉悦大学教授で元内閣参事官の高橋洋一氏は、すでに「シン・ゴジラ」を4回も観たそうだが、

「今回は敵の怪獣が出てきません。そのほうがリアリティがあるんです」

 との感想。では、ゴジラと向き合う政府の描き方はどうだろう。

「私は官邸の中にいたので、それがどのくらい忠実に再現されているか観察しましたが、75%は再現されていたと思う。総理執務室の雰囲気などかなり似ていたし、官房長官の部屋も4分の3くらいは同じで、廊下もよく再現され、“おっ”と思いましたね。ただ、会議の進め方は実際とかなり違った。通常、会議は決まったことを話し、議論する場ではないので、映画ほど細かい話は出てこない。発言権がない官僚が、担当大臣の後ろについてメモを入れる場面は本当ですが」

 リアリティを与える努力の一端を、ジャーナリストの青木理氏が打ち明ける。

「ジブリの鈴木敏夫さんの仲介で3人で食事したとき、庵野さんは“できるだけリアルにやりたい”とおっしゃって、“今日、東京湾にゴジラが出現した場合、警察、自衛隊、米軍はどう動くか”“自衛隊が出動する場合、防衛出動か災害出動か”という点を詰めたいといわれた。私は官僚や警察の動きについては多少、アドバイスしました」

 その結果か、庵野総監督と同郷で、長谷川演じる官房副長官と同じ山口3区選出の河村建夫元官房長官は、

「『シン・ゴジラ』は私の周囲でも“政治家は観るべき”との評価で、超党派の議員などによる映画を観て語る会でも、9月の課題映画に決めています」

自衛隊の決死の攻撃

■ゴジラは武力攻撃の対象にならない

 自衛隊の動きはどうか。

「“機関砲の20ミリ弾が効かないから30ミリ弾に替える”というところなど、すごくリアル。頭部だけ狙って全弾命中というのもいい。今まではデタラメに撃って結構外れたのですが、普通に考えたらありえません」

 と高橋氏。試しに、軍事ジャーナリストで元航空自衛官の潮匡人氏に聞くと、

「自衛隊の兵器や部隊もリアリティが高く、戦闘機や、それが走る基地の滑走路の映像も、ほとんど本物を使って撮影しているように見えた。中隊や小隊の固有名詞も実在のもので、映画に出てくる小隊所属の自衛官は“オレが出てる!”と思ったはずです。有事の際に政府は決断を下せるのか、という点にもリアリティがありました。総理がなかなか決断できず、小池百合子さんを彷彿とさせる防衛相が、要件を満たさないのは承知の上で、武器の使用が制限されない防衛出動を促します。実際には、ゴジラは国家や国家に準ずる組織ではないので、自衛隊は災害派遣で対応するのが現実的ですが、法改正を待っていたら、有事の際に間に合わないのです」

 これに対し、前地方創生担当相の石破茂氏は、

「『シン・ゴジラ』では超法規的措置として自衛隊は防衛出動しますが、ゴジラは何かの組織の意思に基づいて動いているわけではないので、武力攻撃の対象にはなりません。何かの脅威が日本に迫ったとき、超法規的措置で済ませるのはまずくないですか。生き物ですから害獣駆除を目的に災害派遣する、もしくは、警察力で対応困難な場合に適応される治安出動にすべきではないかと考えます。私が防衛大臣なら治安出動を選ぶでしょう」

 そう疑問を投げかけながらも、こう語る。

「以前、町村信孝官房長官が“UFOはいると思う”と言い、いると思えば楽しいという趣旨の発言をしたとき、防衛大臣だった私は“UFOやゴジラが本当に出てきたらどうするんですか”と言ったのを覚えています。何らかの危機が日本に訪れたとき、どういう法律に基づいて武器を用いるのか、考えるのは大事なことではないですか」

■リベラルからの反発?

 また作家で編集者の中川右介氏は、こう感じている。

「あれだけ具体的なシミュレーションをして作られた映画なのに、天皇陛下にいつ避難していただくか、官邸が話題にしていないのは不自然ではないか」

 一方、別の向きから「ダメな映画」の烙印を押す人もいると、評論家の唐沢俊一氏が指摘する。

「『シン・ゴジラ』は被害の悲惨さ以上に、それに対抗する人間の知恵と努力が描かれていますが、“こうした災害が起きたら国の言うことを聞け”という映画だと受け取る人も、リベラルな人に多い。“すべてが体制によって進められている”というのです」

 もっとも、高橋氏は、

「ゴジラの映画では、ゴジラと戦うのは常に自衛隊でした。自衛隊に協力を頼むのに、反自衛隊なんてありえないでしょう」

 と一蹴するのだが。

「特集 興行収入100億円が見えてきた『シン・ゴジラ』トリビア」より

週刊新潮 2016年9月1日号掲載

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